「闇に降り立った天才」赤木しげるの名言 第6局 
市川編③『不合理こそ博打…不合理にゆだねてこそギャンブル』

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市川とアカギのどちらかが、箱割れするまで戦うデスマッチ。
一時は劣勢を強いられ、飛ぶ寸前まで追い詰められたアカギだが、渾身の闘牌で盛り返す。

互いに譲らず、二人がハコになるなど夢のまた夢という展開が続いた。
そこで、互いの持ち点を10分の1にして戦う両者。
これまで築き上げてきた点棒の砦という安全な場所から、一気に危険地帯に投げ出された局面を迎える。

市川の目にも留まらぬ裏技が炸裂し、アカギは残り1300点に追い詰められた。
だが、市川も7800点であり、マンガン(8000点)を振ると即終了となるなど油断できない。
長かった夜も、ついに決着の時を迎えようとしていた。

不合理こそ…

両者いまひとつの手牌の中、まず果敢にしかけたのはアカギだった。
萬子、筒子ともに「234」の形でチーをする。

持ち点が7800点の市川はマンガン以上の振り込みを警戒するが、局面が進むにつれ三色絡みの安手であることが濃厚になっていく。
安心した市川は反撃に転じ、逆に引導を渡すべくマンガンをテンパイする。

勝利まであと一歩というところで、市川は場に1枚も切れていない「北」を引いてくる。
長考に沈む市川。
一見すると、アカギにとってオタ風の「北」は何でもない牌にしか思えない。
たとえ振り込んだとしても、そこまで痛くはないはずだ。
なぜならば、市川がドラを3枚抱えていることもあり、せいぜい2000点が関の山だからである。

しかし、偶然が3つ重なると、この安手がマンガンに化けてしまう。
それは、まず市川の切った「北」をアカギがカンをする。
そして、リンシャンでツモあがる。
最後に、アカギの手牌にカンドラが2枚以上乗る。
これで、リンシャン、三色、ドラ2でマンガンになってしまうのだ。
この場合、カンをさせた市川の責任払いとなり、マンガンの8000点を一人で払うことになる。
だが、常識的に考えれば、こんな偶然が3つ重なることなど有り得ない。
それは、目の前の相手が“通常の常識では計れない”赤木しげるだからこそ、市川をして逡巡させるのだ。

熟考の末、市川は「北」を切り出した。
「カン!」
発声するアカギ。
本当に手の内に「北」を3枚持っていたとは…。

しかし、恐れていたことの序章が始まったというのに、市川には動揺が見られない。
実は「北」を切るときに、成算を見出していたのだ。
通常ならば、次のリンシャンで引きあがるなど考えられない。
だが、市川は念には念を入れるべく、リンシャン牌を安全牌にすり替えようと試みた。
つまり市川の強打は、保険つきだったのである。

ところが、そこは赤木しげるである。
それを見切っていたかのように、市川がリンシャン牌に手を伸ばそうとする刹那、捨て牌の「北」に手を伸ばしながらブロックする。
アカギの動きに瞬時に反応した市川は、咄嗟に新ドラ表示牌を「中」にすり替えた。
アカギは数巡前に新ドラとなる「白」を切っていたので、「中」をドラ表示牌に忍ばせておけば、まずマンガンにならないという読みである。
一瞬のうちに、水面下で秘術を尽くす両雄。

ギャラリーが固唾を呑む中、リンシャン牌に手を伸ばすアカギ。
「ツモ!」

なんと!本当に引きあがってしまったではないか。
恐るべし赤木しげるの強運。

その時、市川は心底震えていた。
アカギがリンシャンであがったことにではない。
すり替えていなければ、カンをした「北」が新ドラだったのである。
長きにわたる勝負師としての道程を顧みても、想像のはるか上を行く赤木しげるの流れ。

とはいえ、自らの保険が功を奏し、九死に一生を得たのだ。
そう安堵する市川に、赤木しげるは呟いた。

「おかしいな…今の流れならてっきり北がドラになるかと思ったんだが…」

「しかし…まあ、同じこと」

手牌を倒すと…「白」の雀頭が現れた。

その倒された手牌を見る市川は血の気が引き、慌てふためいた。

「そんな馬鹿なことがあるか!どうして、白が頭なんだ?じゃあ捨て牌の白は暗刻から切ったっていうのか…せっかくの役牌を!そんな不合理なこと…」

「合理性はあくまでアンタの世界でのルール。大抵の人間には、それが通用したんだろうが…その縄(合理性)じゃ、オレは縛れない」

呆然とする市川に、さらに言葉を継いだ。

「不合理こそ博打…それが博打の本質。不合理に身をゆだねてこそギャンブル」

それは、齢13の赤木しげるが“歴戦の兵”市川に言い放った博打の真髄であった。

所感

市川が「北」を引いて来た局面。
どう見ても安手のアカギに対し、市川はマンガンの聴牌に加え、待ちも3面張だった。
しかも、アカギからの直撃はもちろん、ツモっても1300点しかないアカギは箱割れしてしまう。
明らかに点棒でも場況的にも、市川が有利な局面である。

なのに、たった一枚の「北」を引いてきたことにより、市川は苦しむのである。
普通ならば、全く問題にならないような牌にもかかわらず…。
そして、市川からすれば、天文学的確率にしか思えない悪夢が起こる。
赤木しげるの未曾有の容量に戦慄を覚えるのは、私だけではないはずだ。

しかし、私がその強運以上に驚愕するのが、赤木しげるが市川の思考を読み切っていたことである。
百戦錬磨の市川が生牌の「北」を切る以上、何らかの保険を掛けてくるのだと。
予め予測していたからこそ、リンシャン牌のすり替えを阻止できたのである。

さらに驚かされるのが、リンシャン牌が無理ならば、新ドラ表示牌をすり替えることも予見していたことだ。
場に「中」が一枚しか切れていないことをヒントに、赤木しげるは市川の手の内に「中」があると見て取った。
だからこそ、後々起こるであろうリンシャンを巡る攻防の布石として、暗刻の白を切って雀頭にしたのである。
つまり、徳俵に足がかかる絶体絶命の場面で、13歳の少年が市川を掌で転がしていたということになる…。
もはや、神がかりというよりも、悪魔に近い才覚としか思えない。

もちろん、今回実現したストーリーには、ある偶然の手助けが必要となる。
それは、市川が生牌の「北」を掴むことである。
麻雀は4人で打つので、単純にいって確率は4分の1である。
しかも、王牌が14枚あるので、実際の確率はもっと低くなる。

こんな御都合主義、描き方によっては陳腐に映るだろう。
だが、こと赤木しげるに関しては、説得力満点で受け入れられるのだから不思議である。
偶然や不合理さえも味方にし、机上の確率論を超越する“神域の闘牌”。
それが、赤木しげるたる所以だろう。

「不合理こそ博打…それが博打の本質。不合理に身をゆだねてこそギャンブル」

なんと、赤木しげるらしい言葉だろう。
目の前であの逆転劇をまざまざと見せつけられ、こんな台詞を吐かれたら、市川ならずとも心が折れてしまうに違いない。

それにしても…こんな台詞を言い放つ13歳。
現実の世界では、出逢わないことを祈るばかりである。


アカギ-闇に降り立った天才 3

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