嵐の夜、場末の雀荘に現れた赤木しげる。
安全を追おうとするあまり逃げ腰になる南郷に対し、生と死の狭間に存在する理を言い放ち、見事窮地を救う。
そして、その才覚を見抜いた南郷に代打ちを頼まれ、卓につくアカギ。
ほんの少し前に、初めてルールを覚えたとは思えぬ打ち回しで連勝を飾る。
アカギの卓越した博才と研ぎ澄まされた感性に成す術の無い相手方ヤクザは、ついに組のお抱え代打ち・矢木を呼ぶのだった。
“同じならいい…同じ代償を差し出す…っていうんならいい!”
八木は、まずアカギの打ち筋を観察するため見に回った。
闇雲に突っかかって行かず、相手の力量を確かめる姿に一流雀士の片鱗が窺える。
そして、アカギが只者ではないことを悟ると、揺さぶりをかけてきた。
「もし、イカサマが発覚したら、腕1本とるって取り決めでどうだ?」
アカギが一瞬の隙をついてイカサマを敢行し、役満を成就させていたことを聞いていたからだ。
さらに畳みかける八木。
「なあ…赤木。お前だけ、失うものが無いのは不公平じゃないか?こちらサイドも、南郷も負ければ大金を失う。俺も素人のお前に負ければ、代打ちとして生きていけねぇ…。なので、俺とサシ馬を握れ。半荘一勝負10万で、払えない場合は指1本10万でどうだ?」
サシ馬とは通常の勝負とは別に、サシ馬相手と順位を争うものである。
ひとつでも相手より着順が上になれば、10万円が手に入る。
ちなみに、昭和33年の10万円は現在の100万円に相当した。
当然、中学生のアカギに、そんな大金は払えない。
気色ばむ南郷。
「あ…あんたねぇ…」
一方、アカギは八木に切り返す。
「たしかに、俺はそんな金払えない。だが、あんただって怪しいもんさ。そんな金持っているようには見えないぜ…」
そして、事もなげに言った。
「いいよ…同じならいい…。もし払えない時は、あんたも同じ代償を差し出す…っていうんならいい!」
完全にあてが外れる矢木。
金ならともかく、アカギの指などもらっても仕方ない。
八木としては最初に脅しをかけることにより、アカギの動揺を誘って精神的優位に立とうという駆け引きだったのである。
ところが、13歳の赤木しげるは動揺するどころか、逆に修羅場を潜り抜けて来たヤクザの代打ちを軽くいなし、神経戦で圧倒しているではないか。
恐るべき胆力である。
揺れない心
賭けているものが無い場合、あるいはレートが低いとき、ものをいうのはセンスや技術である。
だが、レートが上がれば上がるほど、賭ける対象が大きくなればなるほど、勝負を分けるのは人間力となる。
大金や自らの命が賭けられた場合、麻雀の実力だけでは絶対に勝てない。
自分の読みや直感を信じ、それに運命を委ねることのできる器量が必要となってくる。
つまり、自らの能力を最後まで信じる心、魂が問われるのだ。
前哨戦で矢木を圧倒したとはいえ、赤木しげるは13歳の素人である。
八木が吹っかけたサシ馬は、中学生には有り得ない金額だ。
ハイリスクを背負いながら、いざ実戦という修羅場に身を置いたとき、一体どうなるのか…。
勝負が始まり、俄然注目を浴びるアカギの打ち筋。
東1局の開始早々、いきなり矢木がリーチをかける。
まだまだ手変わりがあり、本来ならば数巡様子を見る手牌である。
これはアカギにプレッシャーをかけながら、リーチへの対応を見るためだ。
さすが、百戦錬磨の駆け引きである。
ところが、アカギはリーチの一発目から顔色ひとつ変えず、危険牌を切り飛ばしていく。
勝負の質が変わったというのに、赤木しげるの打牌は変わらない。
ところが一転、本命だと睨んだ牌だけはキッチリ止めていく。
鉄火場の異常な雰囲気にあてられて、危険牌を通した高揚感でイケイケになっても不思議ではない場面でも、只々ひたすらに己の読みに添い遂げようとする赤木しげる。
赤木しげるの決して「揺れない心」に驚きを禁じ得ない。
その後も、試合巧者の矢木に麻雀初心者ゆえの弱点を突かれるが、赤木しげるは己の感性に運命を預け闘牌を繰り広げる。
人間は弱い生き物である。
刻々と変化する状況に翻弄されピンチに陥ると、平常心を失っていくのが常である。
しかし、赤木しげるはどんな窮地に立たされても、冷静沈着に局面を打開していく。
赤木しげるの「揺れない心」の根底をなすもの、それは己の信念に殉ずる魂に違いない。
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