“感情闇鍋ウエスタン”こと「ゴールデンカムイ」。
この漫画を端的に表現するならば、単なるサバイバルバトルを超越した冒険活劇ロマンといえるだろう。
だが、それだけにとどまらず、本作のヒロイン・アシㇼパをアイヌの民とすることにより、アイヌ民族の伝統や文化にまで言及している。
しかも、全く違和感なくストーリーに組み込まれており、ただの冒険譚に収まらない奥深き名作に仕上げている。
そこに、ときにユーモラスで、ときに常軌を逸した面々がダイナミックに躍動し、我々読者を惹きつける。
ストーリー
日露戦争で「不死身の杉元」と呼ばれた杉元佐一。
帰還した彼はアイヌの少女アシㇼパと出会い、アイヌの隠し金塊を探す旅に出た。
ところが、そのお宝を狙っていたのは、彼らだけではなかったのだ。
新撰組の生き残りで幕末の亡霊・土方歳三に、鶴見中尉率いる陸軍第七師団も加わって争奪戦を繰り広げるのであった。
アイヌの文化
本編の所々で出てくるアイヌの文化を少し紹介しよう。
北海道で暮らすアイヌの人々は火や水や大地、そして樹木や動物や自然現象、ひいては服や食器などの生活用品に至るまでカムイ(神)として敬っていた。
こうした信仰と共に生きるアイヌ民族は狩猟を生業とするため、自然と共生し、厳しい北の大地で生きるための様々な生活の知恵を育んだ。
それゆえ、アシㇼパもまだ12、3歳の少女にもかかわらず、動物や植物、狩りへの造詣など、その膨大な知識には驚かされる。
まさに自然の申し子ともいうべき存在であり、彼女ならば極寒の地でも独り生き抜くことができるだろう。
また、アシㇼパたちアイヌの人々を見ていると分をわきまえ、足ることを知る大切さが理解できる。
彼らは自然の循環を熟知しているため、野生動物と同じく必要な量しか採らないし、再び恵みをもたらしてくれるよう根を残す。
だが、我々は金になると解れば生態系などお構いなしに乱獲し、自然を破壊する。
欲にかられ、目先の利益に飛びついた成れの果てが、今日起きている異常気象や頻発する自然災害なのではないか。
本作はアシㇼパを通してさり気なく、そんなことも教えてくれる。
魅力的な登場人物
誠実で情に厚い硬骨漢の谷垣源次郎や冷酷なスナイパー・尾形百之助など、個性的なキャラクターが揃う本作品。
その中でも、私好みの登場人物を独断と偏見で紹介する。
「不死身の男」杉元佐一
日露戦争の死線を生き延びた杉元佐一は、ヒロイン・アシㇼパと固い絆で結ばれていく。
アシㇼパの故郷の人々ともすぐに打ち解けるのは、彼がアイヌの生活様式を敬うことができるからだ。
「不死身の杉元」と呼ばれる彼は肉体の頑健さだけでなく、死の恐怖にも屈しない心の強さを秘めている。
たとえ人食いヒグマに襲われても、死中に活を求め立ち向かって行く。
一方で、獲物として狙った鹿に対しても、一発で仕留め切れず苦しませてしまったことに思いを馳せる優しい心も持っている。
このように、血塗られた戦場で数多の敵兵を葬った過去があるとは思えぬ、心正しき好漢なのである。
だからこそ、アシㇼパにも好意を抱かれるのだろう。
そんな杉元はいかなる窮地に立たされても、常に自分のことよりアシㇼパの安全を第一に考え行動する。
幕末の志士・土方歳三をして「義に生きる似た者同士」と言わしめるのも納得である。
この名作の主人公は「不死身の杉元」を置いて他にいない。
「脱獄王」白石由竹
シリアスな場面の中に時折ぶっ込んでくるコメディの秀逸さが、ゴールデンカムイの特徴でもある。
その一翼を担うのが白石由竹だ。
白石はどんな監獄も容易に脱出することから脱糞王もとい脱獄王の異名をとり、自在に関節をはずせる軟体動物のような男である。
お調子者のイジられキャラで、毎度のようにオチに使われる。
しかも、酒と女に目がないスケベオヤジときたもんだ。
だが、白石はいい加減に見えて、実は信義を重んじる顔も併せ持つ。
杉元との約束を果たすため、危険を顧みず、アシㇼパの傍らに寄り添い続ける姿は男気を感じずにはいられない。
白石由竹こそ、ゴールデンカムイに欠かせぬ名バイプレーヤーといえるだろう。
「不敗の柔道王」牛山辰馬
明治の世にあって、何故かいつも背広姿でネクタイを締めた偉丈夫。
それが柔道の達人・牛山辰馬である。
牛山は巨木を相手に毎朝1000回にも及ぶ打ち込みに励み、不敗の武人として名を轟かせた。
どんな手練れやヒグマでさえも、ものともしない力と技が牛山には備わっている。
あの「不死身の杉元」が組み合った瞬間、「重心が地の底にあるようだ。まるで地球の奥まで根を張る大木…」と畏怖するほどである。
その様は、まさに口髭をはやしたフランケンシュタインさながらだ。
しかし、白石以上に旺盛な性欲が玉に瑕である。
そんな牛山が、女性と子どもに送る眼差しは温かい。
特にアシㇼパにはチンポ先生と呼ばれ懐かれており、つぶらな瞳でお願いされると、たちまちノーと言えない日本人に変身する。
この牛山が、私にとって唯一無二の存在なのには訳がある。
第七師団との戦いで圧倒的な強さを見せる中、手榴弾の爆発から身を呈してアシㇼパを守ったのだ。
腕が吹き飛ばされる程の衝撃で瀕死の重症を負いながらも、牛山辰馬は柔道家らしく背筋を伸ばし正座の姿勢で凛としている。
そして、アシㇼパの安否を気遣いながら語りかける。
「お嬢…怪我ないか?」
命の灯が消えゆく中、かつて旧知の家永に「あなたの完璧はいつだった?」と訊かれたことを思い出す。
どんな屈強な武人も、歳月の前には衰えを隠せないからだ。
その問いに、牛山は今わの際で呟いた。
「いまだよ…いま」
無敗を貫いた牛山はアシㇼパに抱かれ、波乱の生涯を閉じた…。
私は名シーンの宝庫ともいえる本作品で、最も心を打たれたのがこの場面である。
未来ある少女を救うため自らの命を賭した牛山辰馬こそ、武道家の鑑といえるだろう。
そして、アシㇼパを救った今こそが、己の全盛期だと言うのである。
白石が送った哀悼の言葉。
「喧嘩最強で女に弱くて最後までカッコイイなんて…ずるいだろ」
この一言に尽きる。
まとめ
笑いあり、涙あり、冒険あり、グルメあり。
そして、何よりも人生の悲哀を感じさせるストーリー。
それが「ゴールデンカムイ」といえるだろう。
“感情闇鍋ウエスタン”と銘打つ本作品。
だが、私には闇鍋というどこか得体の知れない怪しげな響きより、もっと真っ直ぐでけれん味の無さを感じる。
それは、杉元佐一とアシㇼパの人柄の為せる業だろうか。
たしかに、様々な感情やコンテンツが詰め込まれているのには同意だが、むしろ満漢全席に近いような気がする。
少し大袈裟かもしれないが、それぐらい最初から最後まで飽きることのない、豪勢で味わい深い物語となっている。
冒険活劇ロマンの決定版!「ゴールデンカムイ」は、疑いようもなくマンガ史に金字塔を打ち立てた。
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