“殺しのギフテッド”佐藤アキラが活躍する「ザ・ファブル」。
ジャッカル富岡という売れない芸人をこよなく愛す風変わりな男は、出会った人々の人生を救っていく。
今回はかつて自らが関わった事件により、車椅子生活となった佐羽ヒナコとの哀しくも心温まる物語を振り返る。
複雑な人間模様
ヒナコは、太平興信所で所長を務める宇津帆の秘書として働く美女である。
16歳のとき、事故で両足に障害が残り、車椅子生活を余儀なくされた。
そして事故の直後、何者かに両親を殺されてしまう。
ヒナコは全容こそ知らないものの、宇津帆が悪人であることには気付いていた。
だが、両親の死の真相を知るため同居し、宇津帆の性処理まで行っている。
両親を殺害した真犯人が宇津帆だというのに…。
時を遡ること4年前、アキラは売春組織の関係者を暗殺した。
その際、立体駐車場から同乗者もろとも車が落下する事故が起こる。
その同乗者こそ、家出中に売春組織に捕まった佐羽ヒナコであった。
しかも、アキラが葬った相手は宇津帆の実弟だ。
なんという深い因縁なのだろう。
再会
そんな悲惨な境遇のヒナコを偶然、佐藤アキラは通勤途中の公園で見かける。
足の悪いヒナコが鉄棒を使って、必死にリハビリをしていたのである。
アキラはヒナコに見覚えがあった。
4年前の少女があの娘だと。
それからというもの、アキラは公園でヒナコを見かけるたび、気にかけ声をかけた。
「きっと歩けるようになる」と。
だが、ヒナコからすると見知らぬ男が自分をじっと見つめ、話しかけてくるのである。
それも、あのアキラ特有の無表情で…。
そんなこともあり、アキラの思い虚しく、当初ヒナコは気味悪く感じ避けていた。
ところが、宇津帆がオクトパスに名刺作成を依頼した縁で関わるようになり、徐々にアキラの人柄を知ることとなる。
公園でアキラはヒナコの靴ごと足を持ち、リハビリを手伝いながら言った。
「大事なのはイメージだ。足が動くイメージ─自力で立つイメージ─イメージをまず頭にしっかり作る。血管の血の流れ─神経から筋肉へ─そして重心移動まで…ただ動かすだけじゃダメだ─常にイメージを持って運動する」
ヒナコはまだ少し懐疑的である。
「本当なの?それ─これでも最初は膝から下に全く力が入らなかったの…だけどここまで回復させたのよ─」
「そうか!エライな!頑張ったんやな」
心からアキラはそう言った。
そんなアキラの誠実さに、ヒナコも少しずつ心を開いていく。
なにしろ土足を触り手が汚れることなど一顧だにせず、ただ無心にヒナコの足を動かしていたのだから。
私はこのシーンがとても好きだ。
絶望的な境遇に身を置きながらも、ひとり動かぬ足を必死にリハビリし、物に掴まれば何とか立てるようにまでなったヒナコの頑張り。
そして、ヒナコに誠心誠意アドバイスし、彼女の頑張りを心から讃えるアキラ。
いつも思うのだが、アキラの自然体の優しさは実に心地よい。
ヒナコにとってアキラこそ、一条の光と言えるだろう。
アキラの優しさ
宇津帆の仕事を手伝う鈴木は殺し屋だ。
鈴木は佐藤アキラの正体がファブルと知り、そのことを宇津帆に知らせる。
ファブルに借りがあるふたりは、アキラを亡き者にするため策を練る。
そして、ヒナコを餌におびき出す作戦を実行する。
最初のトラップを難なくかわし、鈴木を追跡するアキラ。
山奥に誘い込むことに成功するも、親の仇が宇津帆であることに気付いたヒナコが宇津帆を拳銃で撃つ。
しかし、防弾チョッキを着た宇津帆を仕留めきれず、なおも狙撃しようと車椅子から立ったときだった。
カチ!
アキラへの罠で仕掛けた地雷を踏んでしまう。
そんなヒナコを宇津帆は挑発する。
「あと2発だ─ホラ撃てよ!今日は星がよく見える─お父さんもお母さんも見てるんじゃねーか…あの世ってところから─星になった両親に祈ってみろ〜倒れ方によっちゃ─両親に会えるかもな〜」
あまりにも非道な宇津帆を許せず、地雷に構わずヒナコは発砲した。
当然、足の踏ん張りが利かずよろめいた。
その瞬間、アキラが疾風のように現れ、間一髪倒れかかるヒナコを支えこう言った。
「今日は星がよく見える─両親が見てるんやろ─だったら足も命も大事にしよう─怖かったよな─でも、もう大丈夫─」
そしてヒナコを車椅子に掴まらせ、目にも止まらぬ早業で宇津帆と鈴木を狙撃する。
もちろん不殺を心に誓った“殺し屋”ゆえ、相手の命は奪わない。
だが、宇津帆が投げ損なった手榴弾がヒナコの前に転がった。
アキラは咄嗟にヒナコに覆い被さり庇う。
それにしても、宇津帆とアキラの対比がよく描かれている。
同じ「今日は星がよく見える─両親が見てる─」のくだりでも、これほど印象が間逆になるとは…。
宇津帆のそれは鬼畜の所業だが、アキラの方はなんと優しさに満ちあふれていることか!
命を奪い続けたアキラが、今や誰よりも命を大切にしている。
そして、アキラの口から紡がれる「もう大丈夫─」ほど、安心感をもたらすものはない。
一方、冷血な殺人マシーンといった風情の鈴木だが、ヒナコを捨て駒にする宇津帆とは違った思いを抱いていた。
宇津帆が人の心を持たぬ悪の化身なら、鈴木は己の信念を貫くプロフェッショナルといった対比も興味深い。
そんな鈴木の匂いを嗅ぎ取ったアキラは、協力してヒナコを地雷から救い出すことを提案する。
「鈴木─ヒナちゃんをなんとかしよう─」
同じ思いの鈴木は首肯する。
「俺たちの負けだ─俺がヒナに覆い被さる─足は失うかもしれんが他には傷ひとつつけねえ─」
ここにきて自らの死を厭わず、侠気を見せる鈴木。
それは単に不憫なヒナコへの同情か…。
あるいは、プロとしての矜持を何よりも大切にする鈴木は敗北した以上、無辜の被害者を救うため潔く死を受け入れる覚悟を決めたのだろうか。
無論、鈴木の死などアキラは望まない。
アキラの真骨頂、知恵と工夫でこの難局を切り抜けていく。
まずは、宇津帆が死体を埋めるため用意したショベルカーに目を付け、運転経験のある鈴木に操縦を頼む。
そして、爆風を逃がすため地雷の後ろを深く掘るよう指示を与えた。
そんな中、震える足で必死に踏ん張るヒナコに、アキラは優しく声をかける。
「ヒナちゃん─もう少し我慢して立っといてくれ─」
この切迫した場面で見せる気遣いに、本当の意味での器の大きさと包容力が垣間見える。
だが、我慢強いヒナコにも限界が近づいた。
いち早くその様子を見て取ったアキラは、救出作戦の実行を決断する。
少しでも爆風と爆片から守るため、宇津帆から奪った防弾チョッキをヒナコの足に巻く。
そして、ショベルカーのショベルで地雷を覆う。
爆発を受け止めるために。
いよいよ準備は整った。
あとは鈴木がショベルを地面に降ろしたタイミングに合わせ、アキラがヒナコの足を引っ張るだけだ。
とはいえ、当然のことながら命懸けである。
足を失う覚悟のヒナコに、アキラは語りかける。
「大丈夫!前にも言ったやろ─半年もすれば散歩してるだろう─」
アキラはヒナコの足を持ち、鈴木に合図する。
「一発勝負や─準備いいか─3・2・1でいくぞ─」
「佐藤ォ─頼むッ!!」
「まかせろ!俺は速い─」
3─2─1─…。
夜の帳を引き裂く、爆発音がこだました。
土煙が舞う中、佐藤に覆い被さるように仰向けになるヒナコがいた。
足は無事だった!
靴の先が燻っている。
アキラの人間離れしたスピードでなければ、ヒナコの足は吹き飛んでいただろう。
そして、即席とは思えぬ阿吽の呼吸を見せた鈴木の存在も不可欠だ。
アキラは穏やかな表情を浮かべたまま横たわっている。
鈴木はアキラの背中を確認すると、手に血がベッタリとくっついた。
最初の手榴弾の爆発からヒナコを庇った際に深手を負っていたのである。
だが、そんなことは微塵も見せず、獅子奮迅の働きを見せたのだ。
プロとして!
佐藤アキラと鈴木の共闘は、まさしく「プロフェッショナル─仕事の流儀」を思わせた。
別れ
またもや、手榴弾を投げ抵抗を試みる宇津帆を鈴木が射殺した。
実は安全ピンは抜かれておらず、完敗を認めた宇津帆が殺されるために一芝居打ったのだ。
残る問題はヒナコである。
アキラは足も悪く両親も居ないヒナコを、きちんと社会に帰すべきだと考えた。
今だけでなく、将来のことも考えるアキラの思いやり。
「ヒナちゃん─親戚はいるか?」
アキラの問いにヒナコは答えた。
「埼玉に叔父が─」
「優しいか─? 頼れるか─?」
「うん─」
警察に保護してもらい、叔父さんに身元引受人になってもらうよう諭すアキラ。
あとのことは鈴木に任せることにした。
「ヒナちゃん─ここから先は─俺達は関与できない」
「うん…大丈夫─あたしだって強い!」
別れの時間が迫っていた。
するとヒナコは立ち上がり、アキラに向かって歩み寄り抱きついた。
「佐藤─ありがとう」
去りゆくアキラを、いつまでも見送るヒナコ。
車椅子に座るのではなく、最後まで自分の足で立ったまま─。
このシーンは私にとって、本作品の中で最も切ない。
ヒナコはもう二度とアキラに会うことはできないと知っていた。
だからこそ、自らの足で立つ姿をアキラに見せたかったのだろう。
辛いこと、悲しいことが有りすぎたヒナコの青春。
だが、アキラという生涯の恩人に出会えたことが、きっと彼女に生きる力と幸運をもたらすに違いない。
P.S. 最後に、ヒナコがアキラに送った手紙を紹介する。
この手紙は燃やしてください─佐藤と私の立場の違いは理解しているつもりです。佐藤は4年前の事故で私を気にかけてくれていたようですが─私は感謝しています。心から─
そもそも私自身過保護で育ち、反抗期のまま家出をしたのがはじまりです─…世間知らずの身から出たサビなのです─誤解が誤解を生む生活の中で佐藤を怨んだことがあったのも事実ですが、すべてを知った今、私は佐藤に感謝の気持ちでいっぱいです─
あの事故の日も佐藤が来なければ、私は16歳で売春婦として売られていました─思い出したくない事もたくさんありますが、それは自分の責任です。
ひとつだけお願いがあります。半年あれば私は自力で歩いています─きっとそうなります。祈るのではなくイメージ─血管の血の流れ、神経から筋肉へと─佐藤が教えてくれたリハビリです─半年後─きっと夏頃ですね。歩いてる私を少しだけ想像してほしいのです。佐藤の想像と私の現実が重なった時、またあなたに会えた気がする自分を楽しみに─…
佐藤の記憶に少しでも残る私は─…しっかりと立っている自分でありたいのです─さようなら─お元気で─
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