英雄たちの生き様を追憶する、後日譚(アフター)ファンタジー「葬送のフリーレン」。
この物語には、魅力的なキャラクターが綺羅星の如く登場する。
主人公のフリーレンや愛弟子フェルン、勇者ヒンメルなど枚挙に暇がない。
中でも、個人的に最もお気に入りなのが、老魔法使いデンケンだ。
主要キャラとはいえないが、随所で得も言われぬ存在感を発揮する。
そんな「葬送のフリーレンの名脇役」デンケンに思いを馳せてみる。
一見ドライ、だが実は…
デンケンは一級魔法使い試験編から登場する。
権謀術数渦巻く権力闘争の末、宮廷魔法使いにまで上り詰めたデンケンは、一見すると狡猾で油断ならない奸雄に思える。
だが、実像は無駄な殺生を嫌い人の心の機微が分かる、さながら人生の師を思わせる人物だ。
一次試験の隕鉄鳥(シュテレイ)捕獲では、リヒターとラオフェンとパーティを組む。
孫娘ほど離れた歳の差のラオフェンには、実の祖父以上に慕われた。
その様子を見たリヒターに「おまえはデンケンのなんなんだよ…」とツッコまれるほどである。
一方、2級魔法使いのリヒターは怜悧かつ冷徹な性格だが確かな腕を持つ。
しかし、二次試験では運悪く不合格となってしまう。
そんなリヒターを気にかけ、デンケンが送ったエールが味わい深い。
「リヒター。おまえは本当に生意気な若造で、弱者を足蹴にするのも厭わないような人間だ。なのに、儂(わし)はお前になんの嫌悪感も抱かない。きっと昔、儂がそういう若造だったからだ。そんな儂が今や宮廷魔法使いの地位にいる」
「…何が言いたい?」
訝しがるリヒターに、デンケンは言葉を継ぐ。
「そう悲観するなということだ。三年後のお前は今よりずっと強くなっている」
「老いぼれが…」
悪態をつくリヒターだが、心なしか表情が明るくなっている。
そして試験終了後、あれだけ素っ気なく接したデンケンやラオフェンと、共に食事をとるまでの仲になる。
二次試験で課された「零落の王墓」攻略でも、真っ先に全員で協力することを提案したのがデンケンだ。
経験豊かな老魔法使いは知っていた。
前人未到のダンジョンを制覇するには、共闘することが不可欠だと。
また、国をも動かせる権力を持ちながら、決して偉ぶらず、ときには素直に頭を下げる謙虚さも持ち合わせる。
その証拠に一級魔法試験合格後、フリーレンに虚心坦懐に謝辞を述べている。
現代に蔓延るマウント気質の老害とは一線を画す大魔法使い、それがデンケンなのである。
こうしてみると策士家のイメージが強いデンケンだが、実は作中屈指の人格者なのかもしれない。
諦めを知らぬ秘めたる闘志
一級魔法使い試験では魔法切れにもかかわらず、隕鉄鳥(シュテレイ)争奪を巡り、殴り合いの肉弾戦も辞さないデンケン。
御年78という年齢を感じさせない武闘派の一面も見せつけた。
つまり、デンケンは老練なだけでなく、熱い魂も秘めている。
ゼーリエの強大な魔力を前にしても、どう倒すか思案を巡らす不屈の闘志。
並の魔法使いなら、その魔力を見ただけで絶望感に支配されるだろう。
悠久の時を生きる、さすがのゼーリエも一級魔法使いとして認めざるを得なかった。
では、なぜデンケンは一級魔法使い試験を受験したのだろう。
今さら、富貴栄達を極めた男に必要な資格とは思えない。
実は、強力な魔族が跋扈する北部高原を通行するために必須だったのが一級魔法使いの資格であり、デンケンはそれを必要とした。
なぜならば、若くして死に別れた妻が北部の故郷で眠っており、その墓前をまいることこそが老魔法使いの悲願なのである。
そして、このデンケンの思いがシリーズ最高傑作とも名高い「黄金郷編」へと続いていく。
黄金郷での死闘
「黄金郷編」に登場する、もうひとりの主役が七崩賢最強の魔族“黄金郷の”マハトである。
そして、何の因果か…若き日、デンケンの魔法の師こそがマハトだった。
マハトの魔法により黄金都市に変えられた“故郷ヴァイゼ”を救うため、デンケンは師に立ち向かう。
だが、かつてフリーレンでさえ屈した、マハトの圧倒的な魔力の前にデンケンの命は風前の灯と化していた。
しかし、絶体絶命の窮地から一瞬の間隙を突いて高圧縮のゾルトラークを放ち、マハトを討ち果たす。
幼き頃に憧れたフリーレンの信頼に応えるため、そして何よりも妻が愛した故郷のため、最後まで勝負を捨てぬ老魔法使いに感無量の思いが込み上げる。
さらに瀕死の重症を負いながら、マホトにとどめを刺すために追いかけ、師を黄泉に送り届ける責務を全うした。
振り返れば、デンケンは初出の一級魔法試験から再三のピンチにも諦めず、最後の最後まで足掻き続けた。
不撓不屈の諦めない心の源泉が、最愛の妻の墓参りのためだというのだから涙を禁じ得ない。
デンケンは言う。
「どれほど苦難に満ちた人生だろうと、妻と過ごした幸せな時間は嘘偽りのないものだった」
デンケンの生き様が語りかける真実。
思い…それこそが人の生きる意味なのだと。
素晴らしかった黄金郷編
50年の歳月を経て黄金の呪いが解けたグリュックとマハトの再会、そして最期のとき。
そのシーンは、ふたりが本当の友だったことを描き切る。
そして、旅立つフリーレンが笑顔でデンケンと語らい、固い握手で終わるエピローグ。
マハトの記憶を伝授するため握手から始まったふたりの共闘が、握手で締める大団円の見事さは言葉が見当たらない。
たびたび感じるが、本作品は長編のエピローグが本当に素晴らしい。
サラッと描きつつも、確実に読者の心に余韻を残すタッチは、これぞ「葬送のフリーレン」といった趣だ。
長いようで短かった「黄金郷編」。
マハトという稀有な存在が傑作に至らしめたのは事実だが、デンケンがいてこその物語だと感じ入る。
まとめ
デンケンは最愛の妻レクテューレの墓前に報告する。
「レクテューレ…俺は最後まで、醜く足掻いたぞ」
普段は宮廷魔法使いの威厳を保つため“儂”の一人称を使うデンケンが、妻の前では等身大の自分をさらけ出し“俺”と言う。
その光景に、ひとかたならぬ思いが駆け巡る。
私は黄金郷編にまつわる、あるコメントに深い感銘を受けた。
黄金郷編はマハトを倒す話ではなく、デンケンが故郷に戻り妻を葬送する話だったのだと。
老魔法使いは追憶する。
最も幸福だった妻と過ごした思い出の日々を…。
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