警察マンガの金字塔「ハコヅメ」③ 素晴らしき上司 ~それぞれの物語~

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当作品の主人公「空気を読まない&図太いルーキー」川合ちゃんは、岡島県警町山警察署に所属する。
そこは人種の坩堝といえるほど、一癖も二癖もある警察官たちが集っている。
だが、みんな心根はいい奴だ。

もちろん、それは上司の面々にも当てはまる。
スキンヘッドで武道の達人、「熊」の異名をとるが実は部下思いの副署長。
カナの退職を快く承諾し、第二の人生にエールを送る生活安全課長。

中でも、警察官としての矜持を胸に秘める3人の侍は、理想の上司に思えてならない。

その1 中富課長

36歳という異例の若さで町山署地域課長の任につく中富。
そんな彼も屈強な警察官たちの中に入ると小柄な体格に加え、見た目も地味な温厚だけが取り柄のサラリーマンにしか見えない。

だが、“エリート集団”県警本部捜査一課の精鋭たちにあって、長年不動のエースとして取調官を務め上げた強者だ。
その証左として、“10年に1度の怪物”と畏怖される潜入捜査のスペシャリスト・伊賀崎秀一所長にも、一歩も引けを取らない駆け引きを展開する。

実は、中富は若手時代、三鷹刑事課長の部下として働いていた。
ところが、ケンカ現場での不甲斐ない姿を酷評され、愛想を尽かされた過去を持つ。
その逆境をバネにして精進を重ねた結果、現在の地位まで上り詰めたのである。
源が天才タイプならば、中富は努力型の典型といえるだろう。
しかし、苦労人の中富だからこそ人の心の機微を理解でき、周りを尊重できるのだ。

あれは、中富がまだ本部の捜査一課係長時代のことだった。
町山署が本部捜査一課に応援要請した事件が解決し、署の武道場で打ち上げを行った。
先輩たちが二次会に流れる中、新米の川合はひとり後片付けをしている。
そこに、現れたのが何を隠そう中富だったのである。
一緒に作業を始める県警のエースに川合は恐縮する。
だが、中富は柔らかい笑顔でこう言った。

「得意なんだ!こういう雑用。なんの取り柄もないから、こういうので頑張るしかなかった」

中富の心遣いと苦労人の趣が胸を打つ。

片付けをしながら雑談に花を咲かせるうち、中富は秘めた思いを打ち明けた。

「俺は刑事課長のお眼鏡に適わなかったけど、尊敬するあの人に認めてほしくてこれまで頑張ってこれたんだ」

新任時代、いじめ抜かれた上司を尊敬する中富。
普通なら、恨んでいてもおかしくないだろう。
謙虚さと優しさを兼ね備えた人柄に、川合ならずとも自律神経が整うというものだ。

翌日、応援捜査の任を終え、本部に帰る中富を見送りに黒山の人だかりができている。
刑事課だけでなく地域課や交通課の職員みんなが短い合同捜査期間に、中富を慕うようになっていた。

平凡は妙手に勝る。
そして、挫折の数だけ人の痛みを知る。
中富課長を見るにつけ、そんなことを思わずにいられない。 




その2 北条係長

町山警察署の強面採用枠。
その首席を務めるのが、刑事課捜査一係長・北条保である。

今日もリーゼントを決め、ヤクザ顔負けのオフェイスで威嚇し、凶悪事件解決に向けて部下を鼓舞する。
だがその実、誰よりも部下のことを考えるあまり、人一倍無理をしていたのが北条係長だった。

この北条。
何気に、私が最も好きな人物である。

婦女暴行事件の責任を取らされるように、北条は町山署から異動してしまう。
自殺した被疑者の妻が義両親から責められた折、なんの科もない北条らに責任をなすりつけたからだ。
その理不尽を胸に仕舞い込み、部下たちに後のことを頼み去って行った。

その仕事ぶりは、それこそ命を削るものだった。
単身赴任の北条が引っ越しの際に搬入した布団袋は、結局開けられることはなかったという。
つまり、町山署に赴任した数年間、一度も布団の上で熟睡したことがないことを物語る。

また、殺人事件の被害者が幽霊として出ると聞いた北条は事件解決のため、藁にもすがる思いで被害現場の山中に泊まりこむ。

「たとえ幽霊でもいいから、話を聞きたいと思った」

部下として、共に捜査に奔走した山田は述懐する。

「北条係長の命令だから頑張れた現場は数えきれない」

とにかく、北条保という刑事は熱い男だった。
そして、どんな時も自分より他人を大切にし、部下を守る男だった。

捜査一係の紅一点・牧高が女性であることを理由に若い男から高圧的な態度を取られると、迫力満点の顔面で黙らせて「まずは私の部下に謝ってもらおうか…!」と謝罪させる。
また、山田が警察手帳を紛失したときも、署員全員で捜すため朝から休日出勤に駆り出されたにもかかわらず、気落ちする部下に「昼までには見つけて来てやるから」とフォローした。
さり気ない優しさに、ついつい流してしまいがちだが、一事が万事こんな調子であった。

ではなぜ、北条係長はこれほどまでに部下思いなのだろうか。
これまで北條は何人もの同僚を過労で亡くしており、その悔恨を一日たりとも忘れたことはない。
だからこそ、我が身に代えても自分の部下だけは、絶対に守り切ろうと誓いを立てたのだ。

町山署から異動した北条は退官まで、交番を中心に地域課の職責を全うする。
そして、「釣りの先生」として部下たちから慕われた。

刑事という花形ポストを去ることに、一抹の寂しさを拭えなかったかもしれない。
だが、思うのだ。
北条の働き方からして、あのまま刑事を続けていたら過労死一直線だったに違いない。

たしかに異動の理由は理不尽だったが、同期でライバルの西川係長の分まで職務を勤め上げることができた。
そして、部下たちと釣りを楽しむ表情は実に穏やかで、心の安寧が窺えた。
刑事課時代と打って変わった相貌を見るにつけ、それはそれで実りある人生だったのではないか。

在りし日の町山警察署・刑事課捜査一係。
そこは、まさしく北条係長を中心に団結する“ワンチーム”であった。




その3 西川係長

北条係長と双璧をなす町山警察署の強面が、地域安全課の係長・西川庄司である。
元々は刑事畑一筋であったが、ガンを患い、地域安全課に異動した。

たしかに、西川の顔はスキンヘッドも手伝って顔面凶器といえるほど怖かった。
しかし、真面目で責任感の強い西川は部下の黒田カナや益田巡査長から慕われる、頼れる上司であった。

町山市において殺人・死体遺棄事件が起こり、捜査会議が行われる中、カナは追い詰められていた。
カナは痴話喧嘩で頻繁に警察沙汰を引き起こすカップルの担当者だったが、男が彼女を殺害した容疑をかけられている。
市民のみならず警察幹部からも、なぜ防げなかったのか?という冷たい視線を浴びていたからだ。

そんなカナを庇い、責任者として矢面に立ったのが西川係長である。
そのとき、カナは西川の存在がこんなにも有難かったのかと痛感する。

だが、西川は体調を崩し入院してしまう。
事件が解決し、カナは益田と談笑しながら病室に向かった。

「いい?益田くん…あのクソ真面目のことだから、クソうざい謝罪をしてくると思うの。だから、病室では事もなげな顔しよう。ともかく、安心してゆっくり療養させないと…」

病室の扉を開けた途端、ふたりは言葉を失った。
頬が痩せこけ、やつれ切った西川がベッドの上に横たわっていたからだ。
それでも、案の定…西川係長は捜査に穴をあけたことを真摯に謝罪する。

ショックを隠せない益田とは対照的に、カナはいつも通りの態度を取る。
そんなカナに相好を崩しながら、ガンが再発したことを告白する西川。
生活安全課の忙しさを愚痴りながらも、ふたりに向かって感謝した。

「でも…やりがいも感じていた…おまえらのおかげだ」

「可愛くて良い部下を持ちましたね」

笑顔で語るカナを見つめながら、西川は生活安全課での日々を回想した。
課長の無茶ぶりで、秘匿捜査要員としてカナが生活安全課に配属されたこと。
俺もお前もやり方なんて知らないから、二人でとりあえず夜の街を歩き回ったこと。
でも、俺の心配なんて何のその、要領の良いお前は瞬く間にコツを掴んだこと。
もちろん、益田も一緒に頑張ったこと。
お前らの活躍を人に褒められるのが、嬉しくてたまらなかったこと。

そして、西川係長はとびっきりの笑顔で部下たちに語りかける。

「またみんなで秘匿捜査をしよう!カナが事件の端緒を見つけて…次こそ、益田が取調官をしろよ!また3人で…」

西川係長は2週間後、泉下の人となった…。

西川は激務に追われ検査を後回しにしたことにより、ガンの再発に気づけなかった。
ある意味、殉職といえるかもしれない。

西川の変わり果てた姿に、驚きを隠せないカナと益田。
だが、カナは瞬時に切り替えて、相変わらずの減らず口を叩く。
すなわち、「病室では事もなげな顔しよう」という益田との約束を守りきったのである。

きっと西川は、そんなカナの姿が嬉しかったのではないか。
もし、自分なら今生の別れに際し、辛気臭い雰囲気ではなく、いつもの空気感で過ごしたい。
空気を察することを得意とするカナだけに、西川係長に最高の恩返しをしたと思うのだ。

3人での秘匿捜査の夢を笑顔で語る西川に、カナも負けじと笑顔で返す。

「もちろんです!西川係長のご命令なら喜んで!」

西川とカナのやり取りに、感無量の思いがこみ上げる。
それにしても、西川の表情は何と素晴らしいのだろう。
強面の西川が、あんな御仏のような慈愛に満ちた顔をするとは…。
志半ばだったとは思うが、3人で再会できたことは、この上なく幸福な時間だったに違いない。

町山警察署 生活安全課係長 西川庄司。
その生き様は見事の一言に尽きる。

まとめ

個性は違えども、町山県警の上司たちが目指すものは同じではないか。
それは、部下が少しでも働きやすい環境をつくることである。
思いとは裏腹に、現実は激務のあまり明後日の方向に進みがちだが…。

社会に出て感じるのは、課長や係長というポストは上司と部下の板挟みになり、気苦労が絶えない。
ハコヅメに登場する役職者たちは毎日がカオスの中、自らが矢面に立ち文字通り身を挺して部下を守るのだ。

中富、北条、そして西川係長。
三人の背中に上司のあるべき姿を見た。


ハコヅメ~交番女子の逆襲~ 23 (必見の最終巻)

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