警察マンガの金字塔「ハコヅメ」② 虎松譲二と娘の物語 ~父が遺してくれたもの~

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警察マンガの金字塔「ハコヅメ」。

本作は“天然おかっぱ娘”川合ちゃんを筆頭に岡島県警の愉快な面々がところ狭しと活躍するのだが、サブのキャラクターにも心に残る人物が多数登場する。

今回は、個人的には作中随一とも思える名言が余韻を残す、虎松譲二と娘・菜摘の物語である。

虎松譲二とは

20年前に発生した岡島県警史上最大の麻薬事件、通称「奥岡島事件」。
その首謀者こそ、岡島県を代表する反社会的勢力の頭目・虎松譲二だった。
譲二は圧倒的なカリスマ性と他を寄せ付けぬ明晰な頭脳をもってして、地元の裏世界で名を轟かせる。

譲二は麻薬売買や振り込め詐欺などの組織犯罪に手を染めて、無辜の人々を骨までしゃぶりつくす極悪人ではあるものの、内縁の妻との一人娘・菜摘にはあふれんばかりの愛情を注いでいた。
実は、その菜摘。
譲二の兄貴分の弟、前島孝三の娘だったのだ。
菜摘の幸せを心から願う譲二は、その事実をひた隠しにしていたのである。

「奥岡島事件」では何とか逃げ切った虎松譲二だが、ついに岡島県警の執念の捜査が実り、逮捕されるに至る。
そのとき、すでに末期がんに侵されていた彼は、特に治療を受けることもなく獄中で死を遂げた。




菜摘の心を救ったもの

当初、菜摘は警察に対し敵意むき出しの態度を取っていた。
いくら犯罪者の虎松譲二とはいえ、自分にはことのほか優しい父親だったのである。
年端もいかぬ15歳の娘の気持ちを思えば、警察を憎む気持ちも無理もない。

だが、そんな菜摘の心を救ったのは“我らが天然おかっぱ婦警”川合ちゃんだった。
一番苦しかったとき、深く傷ついた心に寄り添ってくれた真心に、菜摘の頑な心は少しずつ氷解していった。

菜摘は譲二とは血のつながりが無かったとはいえ、さすが彼の娘だと思わせる非凡なものを備えていた。
もし、川合と出会っていなければ…。
警察と世を恨み、あのまま闇落ちしていたかもしれない。
改めて、川合麻依という弱冠20歳の小娘の包容力と人間力を再認識させられた。




父が娘に遺したもの

虎松譲二の娘・安達菜摘は今は亡き父の面影を慕い、生前交流があったレイラに会いに行く。
彼女?は体にモンモンが入っているは、小指も欠損してるはと、一見しただけでただならぬ雰囲気を醸し出している。
しかし、父の部下である裏社会の住人達と頻繁に接していたこともあり、菜摘は全く臆することはない。

レイラは譲二から大金と拳銃を預かっていた。
当然、菜摘が自分に会いに来たのはそれらを受け取るためだと思っていたのだが、いらないと断るではないか。
その代わり、譲二が育てたブルーベリーの木に興味を示した。
菜摘へのお土産に、父がたまに持ち帰ってくれていたからだ。

その様子を見たレイラは挿し木にして、ブルーベリーの花言葉とともに贈る。

「実りある人生を」

「ありがとうございました」

礼を言い、挿し木を大切に抱える菜摘を見つめ、レイラは胸の内で呟いた。

「譲二さん…あんたはいろんな人から多くのモノを奪い取って生きていたけど、結局遺せたのは…汗水たらして育てたものだけだったね」

この話は「愛の形」というタイトルで様々な絆を描く傑作回である。
源と山田の「モジャツンペア」ならではのユーモラスな「愛の形」、川合と聖子が互いを想い合う心温まる「愛の形」。
そして、父が娘に遺したモノを娘が享受する「愛の形」が、本稿で取り上げたテーマである。
どの話も良かったが、なぜか私は譲二と菜摘の物語が一番胸に迫った。

初出から、マリファナor大麻を思わせる紙巻きたばこを嗜むレイラ。
前述したように、その姿はとてもカタギとは思えず、何年も街に下りてないという会話からも世捨て人という言葉がぴったりな人物である。
ファンキーな老婆のような風体だが、幾つかのコメントにもあるように元々は男性だった線も捨てきれない。

まずは、譲二から預かった拳銃と札束について触れる。

「どちらも人に使うものだから私はもういらないけど、あんたは持っていくかい?」

菜摘が必要ない旨伝えると、焼き芋と一緒に燃やしてしまうと言っていた。
ありとあらゆる人間の欲をそぎ落とし、ある意味で悟りの境地に到達したようにも見える。

そして、譲二が育てたブルーベリーにまつわるシーン。
ふたりのやり取りに、私は不覚にも涙がこぼれそうになる。

「実りある人生を」

その言葉を贈るレイラの眼差しが、とても優しく感じたのである。
心から願えばこそ、慈愛に満ちていたのだろう。

そして、最後に譲二にそっと呟いた珠玉の人生訓。

「譲二さん…結局遺せたのは…汗水たらして育てたものだけだったね」

きっとレイラという人物は若かりし頃、様々な業と欲の中に身をおいて、数え切れぬ修羅場を生き抜いてきたのだろう。
人生の裏も表も知り尽くす彼女だからこそ、紡ぐことができた箴言だと感じるのだ。
そして、そんなレイラなればこそ、虎松譲二ほどの大立者が信頼を寄せたに違いない。

それにしても、菜摘という少女にも感銘を受けずにはいられない。
一生遊んで暮らせる大金よりも、父との思い出が詰まるブルーベリーの挿し木を選んだのである。

虎松譲二が娘に遺したもの…。
それはブルーベリーという親子をつなぐ宝物だけでなく、子を想う父の深き愛情だった。


ハコヅメ~交番女子の逆襲~ 21 (本作品収録巻)

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