3回戦東2局、鷲巣はこの世ならざる者の支援を受けながら、起死回生の数え役満を逃してしまう。
“生まれながらの王”鷲巣巌、一生の不覚であった。
だが、それは赤木しげるの死をも跳ね返す驚異の精神力、そして何よりも汚れなき魂のなせる業だった。
醜態
千載一遇のチャンスを逃した鷲巣は、一気に潮目が引いたように流れを失ってしまう。
しかし、それ以上に致命的なのは、精神のバランスを崩したことだった。
鷲巣は知らず知らずのうち、目の前にいる悪魔のような若者に恐れを感じていた。
それゆえに、一気に決着をつけようと焦るあまり墓穴を掘ったのだ。
そして、それは決定打を逃して以降、顕著になっていく。
見え見えの聴牌に強引に突っ込んで自滅したかと思えば、弱気になった心を狙い打たれ更に点棒と心を削られていく。
こうして、鷲巣はアカギに完膚なきまでに打ちのめされた。
半荘4回を終了し、鷲巣の残金はついに2億円を切ってしまう。
無尽蔵に思えた5億円もの大金がここまで溶けてしまうとは…。
いったい誰が予想できただろうか。
鷲巣はショックのあまり疲弊しきり、ギブアップ寸前である。
弱々しくソファに横たわる姿には、“戦後日本の陰の支配者”たる威厳は微塵もなかった。
破棄
鷲巣陣営は事前に約束した半荘2回戦ごとに続行するか否かの権利を行使し、半荘5回目以降の棄権を決断する。
しかし、そこに会する一同が予想だにしない暴挙に、赤木しげるは打って出る。
なんと!ここまでの戦いで抜かれた血液をたらいに流し込み、タバコの吸い殻を投げ捨てたのだ…。
これで、血液補給の道が完全に絶たれてしまったではないか!
すでに1400㏄もの血液を失っているアカギは、もうすぐ致死量に至るというのに…。
「何しているんだ!?」
血相を変えて慌てふためく、アカギ陣営の安岡と仰木。
ふたりを歯牙にもかけず、赤木しげるは鷲巣に言う。
「目が覚めたか?鷲巣。見てのとおり、すべて血液は破棄した。これで5・6回戦を続行するっていうのはどうだ?」
それを聞いた鷲巣は一気に生気が戻り、起き上がる。
「よろしい。続行だ!」
王たる自分に対するアカギの傲慢な態度に、闘志が甦った鷲巣巌だった。
所感
あと600ccで完全なる致死量に到達するアカギ。
そんな場面で命綱の血液にタバコを投げ捨て、血液補給の道を遮断するとは…。
しかし、それを見せつけなければ、ほうほうの体の鷲巣は乗って来なかっただろう。
そもそも3億円以上奪い取ったアカギからすれば、1400cc全て輸血してもたかだか1400万円の出費であり、鷲巣にほぼ勝ち目がないのだから。
それにしても、正気の沙汰とは思えぬ赤木しげるの言動。
2回戦終了時、血液補給を拒否したときも驚いたが、今回はそれ以上に度肝を抜かされた。
まさに、13歳のとき自身が言い放った「狂気の沙汰ほど面白い」の真骨頂といえるだろう。
それとも、鷲巣麻雀の最中で語っていた「焼かれながらも、人はそこに希望があればついてくる」ということなのであろうか…。
いずれにしても、赤木しげるの狂気が垣間見える凄まじいシーンである。
実は、アカギが血液を破棄したのには理由があった。
一代でこの国の王…“闇の王”として畏怖される存在にまで上り詰めた男と本当の意味で真剣勝負をしたかったのである。
アカギは言う。
「ここまでの俺の勝ちは、鷲巣の誤解や油断があってのもの…つまり、奴は力を出し切っていない。しかし、続行となれば今度は違うっ…!油断や侮りの類は欠片もない、キッチリ向かい合っての勝負となる…やってみたいんだ!そんな鷲巣と…本当の勝負を…」
“巨魁”鷲巣巌の奥にある本当の底力を見ずに、ここを去る訳にはいかぬと不退転の決意を固める赤木しげる。
完全にグロッキー状態になった鷲巣に、ホッと肩を撫でおろす仰木や安岡とは全く別次元の思考回路ではないか!
彼らふたりは約3億(現在の30億)もの大金を手にでき、これで十分だと思っていた。
いや、こう考えるのが正常だろう。
特に仰木はアカギが敗れた瞬間、片腕を切り落とされてしまうのだから。
ところが、アカギは金のことなど最初から全く興味がない。
ただ鷲巣との大博打に挑み、破滅させることしか念頭にないのである。
しかも、底知れぬ神通力が宿る鷲巣の剛腕は、さすがのアカギもこれまで経験したことがなかった。
ここまで来たら鷲巣の正体…力の源泉を確かめないわけにはいかないのだ。
常人では計り知れぬ赤木しげるの勝負魂に、私は只々戦慄した…。
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