「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」特別編集版 レビュー

マンガ・アニメ




本作品はテレビアニメシリーズを編集し、金曜ロードショーで放送されたものである。
京都アニメーションの制作に加え、泣けるアニメとして好評を博したこともあり、ご覧になった方も多いのではないか。

私は年齢の割には漫画を読むほうだが、深夜アニメはほとんど見ない。
なので、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という名は聞いたことがあるが、内容は全く知らなかった。

一応録画していたこともあり、暇に飽かせて見てみることにした。
最初は、世間の評判ほどの名作とは思えなかったが、徐々にその世界観に没入していく。

京都アニメーションならではの息をのむような美しい映像も相まって、私は気が付くと深い感動に包まれていた。

ストーリー

4年に及ぶ大陸戦争で数多の敵軍を葬り、「兵器」と畏怖されたヴァイオレット・エヴァーガーデン。
彼女は天涯孤独の身であったが、陸軍のギルベルト少佐に拾われ軍隊に従事する。

元々、親も誕生日も、自分の名前すら知らずに生きてきたが、ギルベルト少佐に“ヴァイオレット”と名付けられる。
その名の由来は花の女神を意味し、「いつか、その名に似合う女性になる」という願いを込め贈られた。

ヴァイオレットは戦場で両腕を失い、義手を装着している。
その爆撃で、ヴァイオレットにとって唯一命に代えても守りたい、ギルベルト少佐が行方不明となる。

戦争が終結し、ヴァイオレットは手紙を代筆する自動手記人形(ドール)として働き出す。
そして、少佐が最後に残した「愛している」の言葉の意味を探す、心の旅に出る。


KAエスマ文庫 ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上巻

自分探しの旅

本作はヴァイオレット・エヴァーガーデンという、かつて戦闘マシーンだった少女が愛を知り、人としての心が芽生えていく物語といえるだろう。

金髪で青い瞳を持つ容姿端麗なヴァイオレットは、さながらお伽の国から出てきた美少女のようである。
この物語を知らない私は当初、精巧に造られたアンドロイドだと思っていたほどだ。
なぜならば、見た目の美しさだけでなく、感情の起伏が全くない彼女は人の心が理解できない様子だったのだ。

自動手記人形として働き始めるヴァイオレットは、義手にもかかわらずタイピングも速く、文章を作成するための文法や語彙に関しても申し分ない。
ただ、人の気持ちが分からないため、手紙で最も大切な心がこもった文章を書けなかった。

しかし、様々な人々と接していくうち、少しずつ彼女の心に温もりが宿っていく。
そのことにより、戦争で血塗られた過去を持つヴァイオレットは、自責の念に駆られ慟哭する。

そんなヴァイオレットの苦しみを観て、私は浦沢直樹の「PLUTO」に出てくるノース2号を思い出す。
高性能戦闘ロボットとして生を受けたノース2号は、戦争で夥しい数の敵のロボットを破壊する。
その体験がトラウマとなり、夜ごとうなされ続けた。
それは人口知能が永遠に繰り返す、決して醒めない悪夢だった。

「PLUTO」は抑揚を抑えた描写のため、ノース2号はヴァイオレットにように泣き叫ぶことはない。
なので、静かな哀しみと余韻が伝わった。

翻って「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では、あれほど無感情だったヴァイオレットに人の心が芽生たとき、ひとり滂沱の涙を流すのだ。
このシーンを観て、本当の意味でノース2号の哀しみの深さが理解できた気がした。
ロボットのノース2号が涙を流せるのかは分からない。
だが、少なくともヴァイオレットと同じぐらい、心の中では涙を流したに違いない。

最初は報告書のような、とても手紙とは呼べない文章しか書けなかったヴァイオレット。
だが、人の心に寄り添い、伝えたい想いを汲み取れる、素晴らしい自動手記人形に成長する。

そんなヴァイオレット・エヴァーガーデンが体験した心の旅を、次項で紹介する。




印象に残るシーン

兄への想い

自動手記人形育成学校で知り合ったのがルクリアである。
彼女は両親を戦争で亡くし、兄と二人で暮らしている。
だが、兄もまた復員したものの戦場で怪我を負い、今は松葉杖なしでは歩けない。

ヴァイオレットはルクリアとペアを組み、手紙を書く訓練をしていた。
ルクリアは自分の両親に宛てた手紙を希望するが、前述したように人の心が分からぬヴァイオレットが書く文は、さながら無機質な軍事報告書のようである。

ある日、ヴァイオレットは育成学校を卒業したルクリアと再会する。
そして、戦争で身も心も傷ついた兄への…ルクリアの伝えられぬ想いを聞かされる。

そんな兄への手紙を、ヴァイオレットは自主的に認める。
その手紙はとても短いものだった。

「お兄ちゃん…生きていてくれて…嬉しいの」

妹の真心を知り、感涙にむせぶ兄。

「ありがとう…」

“自動手記人形”ヴァイオレット・エヴァーガーデンが誕生した瞬間だった。

父の愛

ヴァイオレットに代筆を依頼する、オスカー・ウエブスターは著名な劇作家である。
だが、妻と娘を立て続けに亡くし酒浸りとなり、シナリオを書けなくなってしまう。
特に、幼くして旅立った最愛の娘との別離は、オスカーの心を空虚にさせていた。

そんな依頼主の哀しみを知り、涙を流すヴァイオレット。
その姿に、オスカーの情熱に灯がともり、娘に聞かせた物語を完成させる。

その過程で、重要な役割を果たしたのがヴァイオレットのある行動である。
物語のクライマックスシーンの演出に頭を悩ますオスカー。
イメージを掴むため、ヴァイオレットに傘をさしながら、湖に浮かぶ木の葉の上を歩くよう依頼する。
それは、お気に入りの青い傘をさす娘が、いつかきっと叶えたいと願った夢だった。

驚異の身体能力を誇るヴァイオレットは、3歩ほど湖の上を歩くことに成功する。
その光景を見た瞬間、オスカーは娘との思い出が甦る。
そして、娘の“いつかきっと”が実現したことに感無量の思いが込み上げた。

湖を舞うヴァイオレットの姿があればこそ、物語の大団円へと続く重要なインスピレーションを得られたのである。
なによりも、娘と過ごした日々こそが、宝物だったことを実感した。

思い出に涙するオスカーを観て思う。
生きるとは、それ即ち想いなのだと。

母の愛

活発な少女アンの母親はマグノリア家の当主である。
しかし、病に侵され余命いくばくもない。
母が、父もいない一人娘を残していく無念の想い。
その無念を娘の成長への願いに変えるため、ヴァイオレットに手紙の代筆を依頼した。

命を削りながらヴァイオレットと共に、娘への誕生日ごとに届けられる手紙を認めていく母。
そんな中、「お手紙は誰に書くの?」と娘から尋ねられるシーンは切ない。
そして、娘は病状が思わしくない母に思いの丈をぶつけた。

「お見舞いにも来ない人へ、お手紙なんか書かなくていいじゃない!私と一緒にいて!私はいつまで、お母さんといられるの!?」

実は、アンは幼心に母が長くないことを悟っていたのである。

そんな母と娘を静かに見守るヴァイオレット。
そして、泣きじゃくる娘へ寄り添った。

手紙が完成し、ヴァイオレットは親子のもとを去る日が訪れる。
最初は、母との時間を奪うヴァイオレットが嫌で仕方なかったアンだったが、いつの間にか優しい彼女を好きになっていた。
そして、いつかヴァイオレットが書いた手紙を読みたいと思った。

母と娘はかけがえのない時間を過ごすうち、いくつかの季節がめぐった。
そして…。

アンの誕生日に、毎年届けられる便箋。
それは、もちろん母の想いが込められたあの手紙である。
娘の成長に想いを馳せた文面に、込み上げるものを抑えきれないアン。
だが、それは決して寂しさや哀しみだけでなく、あたたかさにも包まれた涙だろう。

こうして、あの日、ヴァイオレットが書いた手紙を読みたいという願いが叶うのだった。

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まとめ

本作の素晴らしさは、人が大切な想いを載せる手紙をテーマにしたことだろう。

人は、大切な人にどうしても伝えられない想いがある。
その人のことを想うが故に、面と向かっては言葉にできないからだ。
そんなとき、人は伝えたい心を手紙に託すのだろう。

「良きドールとは言葉の中から伝えたい本当の心をすくいあげるもの」

この言葉の真の意味を知ったとき、少女は誰よりも人の心に寄り添えるドールへと成長する。

そして、ヴァイオレット・エヴァーガーデンは少佐の言った「愛している」の意味を心から理解した。

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