『HUNTER×HUNTER』 キメラアント編 エピローグ「帰郷」

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名作漫画『HUNTER×HUNTER』の中に登場する「キメラアント編」。
キメラアントの王とネテロの死闘、そしてメルエムとコムギの物語など、名場面を数えだしたら枚挙に暇がありません。

そんな中、派手さこそありませんが、私にとって忘れ難きストーリーがあります。
それはエピローグという名にふさわしい、母と娘のあたたかき物語「帰郷」です。

キメラアント達のその後

キメラアントの女王から生まれた兵隊蟻は、元の生物の特徴を色濃く残します。
元々人間だった蟻の中には、人間時代の記憶や名前までも覚えている個体も存在しました。
そんなキメラアント達は、それぞれのルーツを求めて旅立ちます。

ロブスターのような形状のブロヴーダもどうやら元は人間だったようですが、あまり記憶が残っていません。
ですが、彼は気の弱いキメラアントの女の子を生まれ故郷に送る決断を下します。
その女の子には故郷の記憶が残っていますが、人間とはかけ離れた外見になってしまい、怖くて一人では帰れなかったからです。




帰郷

ふたりは故郷の人々の前に姿を現しますが、当然のように化け物としか認識されず、蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまいます。
ブロヴーダはそのリアクションを予想していたため、動じることなく村人達に誠意をもって話しかけ、根気強く事情を打ち明けます。
ブロヴーダの説得の甲斐もあり、村人達に何とか信用してもらうことができました。

一方、キメラアントの女の子は意を決して、記憶を頼りに生家を訪ねます。
そこには魂の抜け殻のようになっていた女性が、亡き子ども達のためにお供えをしている姿がありました。

気配を感じて女性が振り向くと、キメラアントの女の子が立っていました。
女の子は思わず入口の陰に隠れます。
その瞬間、女性が叫びました。

「レイナ!?」

「何でわかるの…?」

女の子は目に涙を溜め、震えながら尋ねます。

「わかるよォ!お母さんだもん!!レイナのお母さんだもん!!おかえり!!よく帰ってきたね!!」

号泣しながら我が子を痛いほど抱きしめる母。

「レイナね!お兄ちゃんが守ってくれたの!!お兄ちゃんがオバケあっちいけって!!レイナは逃げろって守ってくれたの!!だけど、こわくて動けなかったのー!!ごめんなさぁぁい!!ああああーん」

「いいのよ、ごめんね!レイナもクルトもがんばったのね!!お母さんそばにいられなくてごめんね!!守れなくてごめんね!!」

この女の子は兄と魚獲りに出かけた帰りにキメラアントに襲われた、6歳の女の子レイナだったのです。

「おかえりレイナちゃん。おなかすいてるだろ。みんなで食事にしましょう」

いつの間にか、親子の周りに集まった村人らが優しくレイナを出迎えます。

「アンタもいっしょにどうだい?」

村人がブロヴーダを誘います。

「いや、オレはいいよ」

「まあそう言わずに…あんた、レイナちゃんの恩人だ。お願いだ。ごちそうさせておくれ」

「そんなんじゃねーよ…オレは…じゃーな!」

逃げるように立ち去ろうとするブロヴーダを掴む手がありました。

「ありがとう。食べよ?いっしょにごはん食べよ?」

そこには、はにかみながら感謝するレイナがいました。

「あれ?何だコレ?」

気がつくと、ブロヴーダの瞳から一筋の涙が頬を伝っていたのでした。




所感

人類で最初にキメラアントの被害にあった、兄クルトと妹レイナ。
実は、兄もキメラアントの兵隊として生まれ変わっており、メルエムの残虐性について行けずハンター軍に降伏し、メルエム討伐を陰で支えます。
人間時代から正義感の強いクルトらしいエピソードではないでしょうか。。

かたや妹のレイナはキメラアントとして生まれ変わった後も、人間時代の記憶を色濃く残していました。
ですが、他のキメラアント達とは異なり、常に何かに怯え自信なさげな様子です。
おそらく、兄と一緒に襲われたトラウマに苛まれ続けていたのでしょう。

ハンター達がキメラアントを制圧した後、レイナはブロヴーダに付き添われ、生まれ故郷に帰ります。
人間離れした姿になってしまった彼女は、村人達の反応が怖くて足が竦みます。
そんなレイナを勇気づけ村人達を説得し、母のもとに帰る助けをしたのが、短気で決して性格が良いとはいえないブロヴーダでした。

レイナが母親と再会を果たすシーンは、涙なしでは見られません。
キメラアントの姿になっているというのに、一目見て我が子だと分かった母の深き愛。
それは、メルエムとコムギの愛にも勝るとも劣らないものでした。

母親と抱き合うと、これまで言葉を発しなかったレイナが堰を切ったように話し始めます。
母親が自分を娘だと理解してくれた安堵感と嬉しさから、悲劇の顛末を語り出すレイナ。
その会話から、兄が妹を命懸けで守ろうとした勇気。
そして、助けようとしてくれた兄の思いにもかかわらず、恐怖のあまり逃げられなかった自分を責め続けた少女の悔恨を我々は知ることになります。

そして、自分達人間を襲ったキメラアントのブロヴーダに対し、恩讐を超えて親切に接する村人の姿にも感銘を受けずにはいられません。

逃げるように去ろうとするブロヴーダの手を掴んで離さないレイナ。
はにかみ屋のレイナが「ありがとう。食べよ?いっしょにごはん食べよ?」と誘うのです。
おそらくブロヴーダが居なければ、レイナは勇気を出して母に会いにいくことは出来なかったはずです。
そのことをレイナは分かっているからこそ、恩人に心から感謝する様子が伝わってきました。

この話はそれだけでは終わりません。
村人とレイナの優しさと温もりに、人間の記憶がほとんどないはずのブロヴーダの目から涙が零れます。
ブロヴーダはレイナを送り届けたら、人目を避けひっそりと一人生きていくつもりでした。
ところが、自分が虐殺してきた人間達から思わぬ歓迎を受け、あの大人しいレイナから心のこもった感謝を告げられ、自分でも気づかぬうちに人の心が戻ったのではないでしょうか。

人はひとりでは生きられないという真理。
そして、子を想う母の深い愛情。
人間の心には底知れぬ悪意だけでなく、善意と優しさも宿っているという真実。
「帰郷編」は、こうした人の世の理を我々に教えてくれる温かい物語でした。


HUNTER×HUNTER 30 (本ストーリー収録巻)

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