『HUNTER×HUNTER』~全てを照らす光 メルエムとコムギの物語~

マンガ・アニメ




『幽遊白書』をはじめ名作を世に送り出してきた冨樫義博ですが、『HUNTER×HUNTER』こそ氏の代表作といえるでしょう。

「ハンター試験編」や「ヨークシン(幻影旅団)編」など数々の名場面がありますが、やはり「キメラアント編」が印象に残ります。

生態系の頂点たる残虐の王として誕生したメルエムですが、盲目の少女・コムギとの出会いをとおして人の心を理解します。

そして、軍儀を打ちながら最期の刻を迎えるふたりの姿は、個人的に『PLUTO』の「ノース2号の章」と並ぶ名シーンだと感じずにはいられません。

あらすじ

ヨルビアン大陸・バルサ諸島の南端に、一体の生物が打ち上げられます。
瀕死の損傷を負っており、回復するためには大量の餌を必要としていました。
その生物こそ、キメラアントの女王蟻だったのです。

ある日、クルトという名の少年が6歳の妹レイナと魚を捕りに出かけると、その帰り道に不運にもキメラアントに出くわします。
ふたりともキメラアントの餌食となり、女王蟻は人間の味をしめました。
こうして、夥しい数の人類を捕食した女王蟻は、生態系の頂点に立つ“キメラアントの王”メルエムを生みました。

最終的には約50万人もの人類を死に至らしめた、未曽有の獣害へと発展していきます。
ここに人類の存亡を賭けた、ハンターとキメラアントの壮絶な戦いの火蓋が切って落とされるのでした。




王の脅威

キメラアントの王メルエムは、母たる女王蟻の腹を引き裂いて生誕しました。
実の母蟻を惨殺しながら生まれし王は、気にいらぬ部下を無造作に殺めていきます。
その傍若無人ぶりと圧倒的な殺傷能力は、一瞬にして配下の者を畏怖させました。

また、メルエムは桁外れの戦闘力だけでなく、頭脳においても突出していました。
その証拠にルールブックを読んだ程度で、将棋・囲碁・チェスなどのチャンピオン達を圧倒します。

そして、特筆すべきは餌として食べた相手の能力を自らのものとして使用できることです。
つまり、ただでさえ強いのに、餌を食べれば食べるほど強くなっていくわけです。
これではとても手に負えません。

コムギとの邂逅

メルエムは室内遊戯の軍儀も嗜みます。
その相手とは“運命の人”コムギでした。

目が見えないコムギですが、軍儀においては無敗の世界王者として君臨しています。
コムギを倒すのも時間の問題と高を括っていたメルエムでしたが、何局指しても勝てません。

対局を重ねるうち、コムギの軍儀にかける真摯な思いを知り、王の心が徐々に変容していきます。
人間の中にも生かすべき価値がある者がいることを自覚するのでした。




vs.ネテロ

ハンター協会の会長にして人類最強のネテロはメルエムの腹心の部下を一目見て、その恐るべき力を見抜きました。
部下でもそれほどまでの強さなのですから、王の力たるや想像を絶します。

老境に差し掛かったネテロは自身の力が全盛期の半分にも満たないことを自覚しており、往年の力を取り戻すべく、ひとり牙を研いでいました。
そして、ハンター達とともにキメラアントの根城に乗り込みます。
メルエムを部下と分断することに成功したネテロは、人類の存亡をかけた戦いに挑みました。

ところが、メルエムはネテロとの戦いを拒絶します。

「なぜ戦う?其の方に勝ち目はない。死に急ぐことはあるまい」

ネテロが只者ではないことを瞬時に見破ったメルエムは、殺すには惜しい傑物であると感じ取り降伏を促します。
人類の支配する理不尽な世界を壊した後、平等とはいえぬまでも差の無い世界を与えることを約束して…。

しかし、ネテロは蟻と人との狭間で揺れるメルエムに問答無用とばかり、奥義“百式観音”をもって先制攻撃を仕掛けます。
直撃したにもかかわらず、メルエムは立ち上がり「いい技だ。太刀筋が見えぬ」と言うと、再びネテロと論を交わすため座して動きません。

メルエムの底知れぬ実力に驚愕しながらも、ネテロは言葉ではなく拳をもって向かいます。

「いつからだ…敵の攻撃を待つようになったのは?一体いつからだ…敗けた相手が頭を下げながら、差し出してくる両の手に間を置かず応えられるようになったのは?そんなんじゃねェだろ!!オレが求めた武の極みは!敗色濃い難敵にこそ全身全霊を以て臨むこと!!」

次々と“百式観音”の奥義を繰り出し、王メルエムを倒しにかかります。

「感謝するぜ!お前と出会えたこれまでの全てに!!!」

チャレンジャーとして戦える僥倖にネテロの技は冴えわたります。
猛攻にさらされながらも、王は自らに芽生える感情に気づくのです。
それは敵への惜しみ無き賞賛でした。
生態系の頂点に立つ王をもってして、両の掌を合わせ攻撃の拠点とする所作のスピードを上回ることができません。
その神速の動きを修得するためには永劫の時の中で狂気にすら近い感情に身を委ね、その所作のみに没頭しなければ到達できぬことをメルエムは見て取ったのです。

にもかかわらず、強烈な打撃の連打を受けてなおメルエムは無傷でした。
それほどまでに、キメラアントの王の体は硬いのです。

一転して、メルエムは反撃に転じます。
正確無比の最善手を繰り出し続けるネテロに対し、笑みをもってその神速の技を捌く王。
一瞬の隙が、ネテロにとっては命取りになるのです。
途方もない数の打撃を受け、さすがの王も鈍い痛みを感じ始めました。

しかし、ついにネテロの右足が切断されてしまいます。
万事休したと思ったのも何のその、ネテロは驚異の精神力と身体操作で傷口を塞ぎました。
その姿に驚きを隠せぬメルエムが何よりも感嘆したのは、片足を失ってなお衰えぬ闘志でした。

再び対峙する両雄。
寸毫の間に千にも及ぶ拳のやり取りを交わした後、メルエムの予告したとおりネテロの左腕はもぎ取られてしまいます。
ネテロの人智を超えた攻撃を防ぎつつ、鉄壁の防御も切り崩すことができたのは、コムギとの軍儀の対局により培われた予知の如き先見の賜物といえるでしょう。

さすがに勝負あったとメルエムが確信したその刹那、“百式観音”究極の奥義「零の掌」が炸裂しました。
それは、“祈りとは心の所作。たとえ掌を合わせなくても心が正しく形を成せば想いとなり、想いこそが実を結ぶ”という精神世界を具現化し、ネテロの全オーラを眩いばかりの光弾に変えて撃つ無慈悲の咆哮。
その絶対不可避の技こそが「零の掌」だったのです。

大地に風穴が空き、土煙が舞う中、再び姿を現す“キメラアントの王”メルエム。

「まさに個の極致。素晴らしい一撃であった」

おそらく、人類が到達できうる究極の境地から放たれし一撃でも斃せぬ王を前にして、ネテロも顔色を失います。
しかし、ネテロには切り札があったのです。
それは、ネテロの心臓の鼓動が止まった瞬間に作動するよう仕掛けられた「貧者の薔薇」と呼ばれる核爆弾でした。

「蟻の王メルエム。お前さんは何にもわかっちゃいねぇよ…人間の底すら無い悪意を…!!」

そう言い放つと、自らの心臓を手刀で穿ち絶命した瞬間、メルエムを爆風が襲いました。

「地獄があるなら、また会おうぜ」

ネテロの今際の言葉とともに…。
最強の王をもってしても、活火山の火口のごとき爆心地の高熱に曝されれば、ひとたまりもありません。
メルエムは黒焦げになり、手足が吹き飛びました。

ですが、王を救助した腹心の部下の献身により一命を取り留めます。
それどころか、部下が自らの肉体を王に捧げたことにより、更なる力を得て完全復活を遂げたのです。
もはや、人類には打つ手がないと思われました。

人類の最後の砦として、キメラアントの王に戦いを挑むネテロ。
私は、もし全盛時代にメルエムと戦えたならば…という思いがしてなりません。
きっと、その勝負を見たかったと思うのは、私だけではないでしょう。

ネテロはメルエムには勝てませんでしたが、その技の凄味、そして何よりも武術の粋を極めた者だけが有する精神の強さに感銘を受けました。
メルエムではないですが、よくぞここまで…と思わずにはいられません。

それにしても、キメラアントの王の体がそこまで硬く強靭だったとは…!
ネテロという人類最強の達人と戦うことにより、分かりやすく伝わったのではないでしょうか。

そして最後の場面、己が命と引き替えに「貧者の薔薇」という悪魔の一撃をもって王を葬らんとしたネテロの姿に、言葉では語り尽くせぬ哀しみを抱きました。
それは、ネテロとの戦いの中でメルエムが見せた王としての成長や見識の高さに感心したからかもしれません。
あるいは、生きて帰れぬ覚悟を胸に秘め、体内に核兵器を埋め込み人身御供としての役目を果たした、老兵の胸中に思いを馳せたからかもしれません。

本編を読んで感じたのは、キメラアントという人類に仇なす怪物よりも、遥かに人間の欲望や醜い心の方が恐ろしいのではないかということです。
それは、「蟻の王メルエム。お前さんは何にもわかっちゃいねぇよ…人間の底すら無い悪意を…!!」というネテロの言葉に集約されています。

作中では、「悪意」と書いて“進化”と読ませていました。
これは、果てのない文明や技術の“進化”の根底にあるものが、「悪意」であるということを示唆しているように感じます。

高度な科学技術は、使い方によっては「善」なるものをもたらします。
しかし、醜い欲望に支配された人間が扱う以上、所詮“進化”の終着点は「悪」なのかもしれません。


HUNTER×HUNTER 28巻 (ネテロvs.メルエム 人類の存亡をかけた戦い)

メルエムとコムギ

実は、薔薇には毒があったのです。
たとえ爆死を免れても、薔薇の毒が体内へ迅速に取り込まれ内部を破壊するのでした。

そして、この爆弾が悪魔の兵器たる所以は被爆した肉体を介して新たな毒を撒き散らし、次々と被毒者を生み出していくことにあります。

自らの運命を悟ったメルエムは、ただひたすらにコムギと最期の刻を過ごすことだけを望みます。
残された時間がない中、ネテロの部下に連れ去られたコムギをようやく見つけ出しました。

「起きろコムギ!打つぞ!」

メルエムは盤を挟んでコムギを見つめながら、しみじみと感じます。

「余は…何が大事なものかを…何も知らなかったようだ…」

軍儀の対局が始まると、これまでの定石を覆す新手を次々と繰り出す両者。
コムギはメルエムとの秘術を尽くした応酬に、湧き上がる歓喜を抑えきれません。
すると、光を通さぬ両の眼をしかと見開き、滂沱の涙を流します。

「どうした…?なぜ泣く…!?」

問いかけるメルエムに答えるコムギ。

「ワダす…ワダすが…こんなに幸せでいいのでしょうか?ワダすに…ワダすみたいな者に…こんな素敵なことがいくつも起きていいんでしょうか…?」

純粋な心を持つコムギは虚心坦懐に打ち明けます。
そのコムギの姿にメルエムは覚悟を決め、真実を告白しました。

「やはり、言わねばならぬな。余は毒に侵され長くない。最期をコムギ…お主と打って過ごしたかった」

俯きながらメルエムは続けます。

「だが、この毒は伝染する。余の側に長くいればお主にも…」

パチ…!
メルエムの新手を返す一手を放ち、コムギは言いました。

「メルエム様、ワダす…今…とっても幸せです。不束者ですが、お供させてください。ワダすは…きっと…この日のために生まれてきますた…!」

同時にメルエムも「そうか…余はこの瞬間のために生まれて来たのだ…!!」と己が天命を悟ります。

「4-4-1兵」
「6-5-1騎馬」
「……」

「コムギ…いるか…?」
「はいな、いますとも。どこにもいきません」

「4-5-1中将」
「……」
「詰みだな…」

「コムギ…いるか…?」
「はいはい、いますとも。さあ、もう一局、負けた方からですよ!」

「コムギ…」
「はいはい。何ですか」
「結局…余は…お前に一度も勝てなかったな…」
「何をおっしゃいますやら!勝負はこれからですよ!!」
「そうだな…」

「1-5-1師」
「9-5-1師」
「……」

「コムギ…いるか…?」
「はいな、もちろん。メルエム様の番ですよ」
「少しだけ…疲れた…ほんの少し…眠る…から。このまま手を…握っていてくれるか…?コムギ…?コムギ…いるか?」
「……聞いてますとも。わかりますた。こうですね?」
「すぐ…起きる…から。それまで…そばにいてくれる…か?」
「はなれたことありませんよ。ずっと…いっしょです!!」

「コムギ…」
「はいはい 何ですか?」
「ありがとう」
「こちらこそ」

「最後に…」
「はい…?」

「名前を…呼んでくれないか…?」

「おやすみなさい…メルエム…」

安らかに眠るメルエムを膝の上で優しく抱きかかえるコムギの表情は、なんと慈愛と母性に満ちているのでしょう!

「ワダすも、すぐいきますから…」

コムギはそう呟くと、いつまでも愛おしそうにメルエムに寄り添うのでした。

コムギと出会い、軍儀を通じて心が触れ合うことにより、冷酷非情のメルエムに温かい心が灯ります。
人と蟻の間で揺れるメルエムでしたが、毒に侵され余命いくばくもないことを知り、最期をコムギと過ごしたいと思ったのは当然なのかもしれません。

しかし、それはメルエムだけではありません。
盲目の少女コムギもまた、メルエムを誰よりも必要としていたのです。

コムギは子ども時代から何の取柄もなく、ずっと家族の厄介者として過ごしてきました。
そんな彼女が、唯一の取柄にして情熱の全てを傾けられるものに出会います。
それが軍儀でした。

メルエムはこれまでのどの対局者よりも手強い相手であり、コムギの潜在能力を次々と開花させていきます。
誰よりも軍儀に愛情を注いできたコムギは、あらん限りの力を振り絞り全力をもって戦える喜びに心震わせます。

「メルエム様、ワダす…今…とっても幸せです。ワダすはきっと…この日のために生まれてきますた…!」

この言葉は、まさにコムギの心情を雄弁に物語っています。

徐々に弱っていくメルエム。
その様子は「コムギ…いるか…?」と尋ねるメルエムの言葉から窺えます。
毒がまわり、もはや目が見なくなっているのでしょう。

軍儀を打ちながら、交わされるふたりの会話。
真っ暗な背景に文字だけが記され、絵は皆無です。
その描写は、目の見えぬメルエムとコムギの世界に我々を導きます。
絵はなくとも、ふたりの様子が瞼に浮かんで来るから不思議です。
むしろ作画がないことにより我々の想像をかき立てて、より一層深い余韻を残すのでしょう。

死にゆくメルエムは、コムギに手を握って欲しいと懇願します。
その時、コムギは知ったはずです。
メルエムが人外の者であることを…。

しかし、コムギに動揺は見られません。
むしろコムギはそんなメルエムを、かけがえのない大切な人だと思っている様子です。

決して美少女とはいえないコムギと蟻の怪物メルエム。
このふたりを見ていると外見の見目麗しさなどよりも、本当に大切なものの存在を我々に語りかけてきます。

すぐそこに死が訪れたことを悟ったメルエムが心から語った感謝の言葉。

「コムギ…ありがとう」

「こちらこそ」

シンプルなやり取りに、ふたりの思いが溢れます。
この世の中で最も美しい言葉、それは「ありがとう」なのかもしれません。

そして、今生の別れにメルエムが紡いだ願い。

「最後に…名前を…呼んでくれないか…?」

コムギは慈愛に満ちた表情で言いました。

「おやすみなさい…メルエム…」

メルエムを膝の上に乗せたコムギ。
その姿は母性に溢れ、本当に愛しい者を抱きしめる幸福感が体中を包みます。
これまでメルエム“様”と呼んでいたにもかかわらず、、最期は敬称を外し「メルエム」と呼ぶコムギ。
死を以って魂が結ばれ、ふたりの愛が永遠になった証左のようにも感じます。

「ワダすも、すぐいきますから…」と言葉を継いだコムギの表情を、私は的確に表現する術をもちえません。
あえて言うならば、心からの感謝、幸福感、慈しみ等に彩られた、見る者全ての心に安らぎをもたらす、そんな表情だったのではないでしょうか。




生まれてきた意味

女王蟻は自らの命を奪った息子メルエムの行く末を死の際まで案じていました。
人類にとっては脅威でしかないキメラアントですが、子を想う母の気持ちは人と何ら変わりません。

その母がメルエムという名前に込めた想い。
それは“全てを照らす光”という意味でした。

コムギとの邂逅により、戦闘力だけでなく精神性までも真の王へと成長を遂げたメルエム。
しかし、その境地に到達した時には薔薇毒に侵され、残された時間がありませんでした。
きっとメルエムならば、その名の通り“全てを照らす光”として、地上の生物に平等で暮らしやすい世界を実現できたはずです。

しかし、思うのです。
たとえ短い命でもメルエムは己が生まれた意味、そして自分以外のかけがえのない存在を愛する喜びを知り、幸福に包まれながら逝けたのだと。
メルエムはこの世界を統べるためでも生態系の頂点に立つためでもなく、ただコムギと出会うために生まれてきたのです。

つかの間、同じ時を生きたメルエムとコムギ。
そんなふたりは共に軍儀という無限の宇宙を旅し、生物という種の壁すらも乗り越えて至高の愛にたどり着きました。
その美しい物語は永遠に消えることのない灯として、我々の心を照らし続けることでしょう。


HUNTER×HUNTER 30巻 (メルエムとコムギの至高の愛を描くシリーズ完結巻)

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