午後8時半。
日が昇り一端休憩していた戦いが再開されようとしていた。
赤木しげるに勝負の理を説かれたひろゆきは、その言葉の意味するものを自分なりに考えていた。
そして熟慮の末、「勝つにしろ負けるにしろ小細工はいらない!」と吹っ切れ、大一番に向かうのであった。
異変
東西の精鋭たちが一堂に会し、勝負が再開される。
天以外は全員2000点以下の点棒であり、いきなりクライマックスの様相を呈していた。
痺れるような空気の中、ひろゆきは己が麻雀を全うすることだけに集中し、闘牌に没頭する。
まず、機先を制したのは西だった。
中盤、原田からリーチがかかり、いきなりピンチを迎える東陣営。
原田も始まったばかりでエンジンがかかっていないのか、ツモれず流局となる。
だが、そのテンパイ形に違和感を覚えるひろゆき。
原田は、索子の123467889という形から4索を切ってペン7索待ちに受けたのだ。
ドラ3を抱えていたので8索を切ってダマテンにしても、一気通貫でマンガンのテンパイである。
いくらスジ引っ掛けになるとはいえ、それをわざわざ役がつかない形にしてリーチをかけるのは、ひろゆきならずとも疑問が湧く。
結局、ひろゆきは「おそらく西陣営の僧我が、肝心の5索を溜め込んでいたのだろう…」と結論付けた。
東3局、今度は東がチャンスを迎える。
ひろゆきにドラ2枚の勝負手が入り、テンパイする。
問題は何待ちに受けるかだ。
筒子が223345に白白なので、3筒を切れば2筒と白のシャンポン待ち。
5筒を切れば、1,4筒の両面待ち。
白がドラということもあり、ひろゆきは5筒切りで1,4筒待ちを選択してリーチに打って出る。
ところが、次巡引いてきたのは、なんと白ではないか!
酷い裏目に意気消沈するひろゆき。
しかし、場を見回すと、すでに白は捨て牌に2枚見えていた。
つまり、5枚目の白を引いてきたのである。
その時、ひろゆきは気がついた。
「これは、西が仕込んだイカサマだ!」
なぜならば、麻雀牌を用意したのが西陣営なのだから。
しかし、今一つ西の狙いが読めないひろゆきはチャンス手ということもあり、そのまま見て見ぬふりを決め込んだ。
一方、西の原田も勝負手なのか、危険牌を切ってくる。
捨て牌から察するに国士無双が濃厚か。
「こりゃ愉快だ。白は純カラなんで、原田のあがり目はない」
ほくそ笑むひろゆき。
ところが、ひろゆきが引いてきたのは6枚目の白ではないか!
「ふざけるな!」
あまりの狼藉に憤りながら白を切る。
すると、原田は「ラス牌の白か…もろうとこう…!」と手牌を倒す。
案の定、国士無双であった。
異例
「ふざけるな!こんな麻雀、認められない!」
ひろゆきは怒り心頭で抗議する。
自らの手牌を開き、「見ろ!今切った白は6枚目だ!こんな無法が通るものか…!」
しかし、原田は全く臆さない。
「フフ…無法か…しかし、お前はその無法を認めたんじゃないのか?リーチ直後に引いてきた白が5枚目だと気がついていたはず。無法だと騒ぐなら、何故その時に訴えなかった…?」
ぐうの音も出ないひろゆきを見据えながら、原田はダメを押す。
「リーチが入って自分に利がある時は無法を認め、都合が悪くなると無法だと騒ぎ立てるなどスジが通らん!そうは思わんか…赤木?」
「確かにその通りだ…」
静かに答える赤木しげる。
「だがな、それでもやっぱりお前のあがりはねえんだよ…6枚目の白を認めるとなると、まさに異例の麻雀。その異例が通るなら、俺の異例も認めてもらおう」
そう言い終えると、赤木しげるは自分の手を倒し「ロン!頭ハネだ」と宣言する。
その場にいる全員、全く意味が分からない。
何しろアカギの手はタンヤオで、変則三面チャンの2・5索、5筒待ちなのである。
白で当たれる道理など全くない。
真偽をただす西陣営。
「あんたの待ちは2・5索、5筒ではないか!」
「表面上はな…」
切り返す赤木しげる。
「表面上も何も…!」
気色ばむ西陣営を宥めると、赤木しげるは真意を説明する。
「まあ聞け…6枚の白が今ここに存在してるってことは…その分、割を喰ってる牌が存在することになる。たぶん、3枚しかない牌が2種類…俺はひろゆきが切った白を、その割を喰った牌と定めロンと言ったのさ…!」
「割を喰った牌?」
尋ねる原田にアカギは断言する。
「そうだ!その牌はズバリ5索…!」
ざわ…ざわ…。
動揺する西陣営。
「余った牌を入れてあるその雀箱を改めれば、割を喰っている牌が何かすぐ分かるだろう。もし、5索なら俺の頭ハネを認めてもらう!タンヤオのみだから当然、ひろゆきは生き延びる!」
出てきた牌が5索以外の時は誤ロンのチョンボで飛ぶことを指摘されても、赤木しげるは動じずこう言った。
「構わない…!」
そのあまりにも危険な賭けに、ひろゆきは懇願する。
「赤木さん、やめてください…!」
当然だろう。
なにしろ、西が白とすり替えたであろう牌は34種類のうちたったの2種類であり、赤木しげるが認定した5索に限れば1種類のみである。
これでは、あまりにも分の悪いギャンブルと言わざるを得ない。
アカギにそんな危険な橋は渡らせる訳にはいかない、自分が退くと主張するひろゆきに、赤木しげるは勝負の理を教授した。
「ひろ…そこはもう通り過ぎたんだよ。俺はあがりを口にした。すでに事態は進行したあと…後戻りは出来ない。お前の白を5索とみた俺の読みが成るか否かだ!」
「し…しかし…」
なおも、反論しようとするひろゆきに天が待ったをかけた。
「見守ろう…!赤木さんが、あそこまで口にしているんだ。引き返さねぇよ!」
そして、天は赤木の読みを解き明かす。
赤木の推定ロンは決して運否天賦というわけではない。
出だしで見せた原田の4索切りのペン7索待ちリーチ。
なぜ一気通貫に受けずに、わざわざ役無しリーチをかけたのか…。
明らかに5索を嫌っている打ち筋ではないか。
これはもう、一気通貫に受けた場合の待ち牌である5索が薄いと知っていたからだ。
原田は僧我が何枚か持っているという情報に加え、ひょっとすると5索は3枚しかないと知っていたのかもしれない…。
白とすり替えたとしたならば!
アカギは原田の過剰なまでの5索の拒否反応に対し瞬時に嫌な匂いを嗅ぎ取り、あの後もマークしていたに違いない。
だからこその推定ロンなのだ!と。
天の解説に納得し感嘆するひろゆき。
「そうか…感性だけの当てずっぽじゃない!見ていたんだ…冷静に原田の闘牌を…」
退場
「フフ…読みとしては、おおよそ天が言った通りだ。だが、確証は何もない。とどのつまり当てずっぽさ…こういう一か八かが好きなんだからしょうがない。性質(たち)なんだな…」
そう語り、「さて、そろそろいくか…原田!雀箱をあらためてくれ」と最後の審判を促す赤木しげる。
その言葉に退路を断たれた原田は、部下の黒服に雀箱を確認させる。
花牌を取り除き、残り4枚の伏せられた牌に手を伸ばす。
すり替えが無ければ、4枚とも白が出るところだが…。
まず1枚目は5筒が出る。
やはり、すり替えが行われていたのである。
2枚目は白。
そして、3枚目も同じく白。
黒服が最後の1牌を確かめようとした瞬間、原田が観念したように待ったをかけた。
「もうええ…5筒が出たんや。赤木の待ちは2・5索、5筒。この5筒も待ちに入っとる。残りを見るまでもない。この5筒でよしとしたるわ!」
これ以上、原田は恥をかきたくなかったのだろう。
ところが、「原田さん…その…最後の1牌は…」
そう言いかけた黒服が見せたのは、なんと5萬であった!
驚きのあまり、原田も二の句がつけない。
この結末は完全なアクシデントである。
赤木しげるの読みはピタリと当たっていたはずだった。
だからこそ、原田は途中でさじを投げたのだ。
原田の「5筒と5索を白とすり替えておけ」という指示を部下が聞き間違え、5索ではなく5萬とすり替えていたのである。
さすがの赤木しげるも、こんなエラーまでは予測できない。
場が膠着状態となる中、ひろゆきが声を上げる。
「しかし、問題ない!すり替えられた5筒は赤木さんのあがり牌。そして、そのあがりを認めると、原田自身が口にしたんだから」
反論の余地もない原田は押し黙る。
「赤木さん、残りましたね!またも、赤木さんの強力な磁力で!」
ひろゆきの言葉を待つまでもなく、誰もが赤木しげるのあがりで決着したと思った。
ところが、赤木しげるは意外な言葉で沈黙を破る。
「ひろ…同じことだ。後に原田が何を言おうと関係ない。俺は5索をロンと言い、そこに5索はなかった…俺はその結果が全てと考える。残念だった…」
そして、言葉を継ぐ。
「天…頼んだぞ…」
赤木しげるはそう言い残すと、部屋を出て行った。
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