殺しの天才ファブル。
ボスの命令で一年間、佐藤アキラを名乗り市井で殺しとは無縁の生活を送るべく奮闘中である。
ちなみに相棒の美女は妹の設定で佐藤洋子という偽名を使い、アキラと隣り合わせで暮らすることになった。
悲しい過去を持つふたりが織り成す、笑いあり涙ありの人情味あふれるストーリーが「ザ・ファブル」の魅力だろう。
そして、多士済々の個性的な登場人物にあって、アキラの勤め先の社長にして“タコちゃん”こと田高田健二郎は作中随一の心優しき人格者だ。
今回紹介するのは、そんな佐藤兄妹とタコちゃんらで開いたクリスマスパーティーでの一コマである。
クリスマスパーティー コメディ編
その日、洋子は胸躍らせていた。
アキラが勤めるデザイン会社「オクトパス」の社長が、酒豪と聞いていたからである。
洋子は腕に覚えのある酒呑みを捕まえてテキーラを浴びるほど飲ませて潰すことに、何よりも喜びを覚える“ドランク・クイーン”だったのだ。
当日夜8時、洋子の自宅に集合する面々。
そこにはアキラの同僚で、後に伴侶となるミサキもいた。
しかも、トナカイのコスプレをして…。
もちろん、洋子と社長もサンタの衣装を身に纏っている。
その姿を見たアキラは思わず「出たッ!ブラジルサンゴヘビ─」と口走りそうになってしまう。
そんなこんなで、アキラもいつの間にかトナカイの着ぐるみ姿である。
初対面ながら、すでに酔っ払っている洋子に社長は挨拶する。
「オクトパスの田高田です」
“もう酔ってるのか…なるほど〜この娘が噂の「ミス・アルコール・ガール」か─…”と内心思いながら。
一方、洋子も社長の挨拶にテンション爆上がりだ。
“オクトパス…蛸─…なるほどね〜社名を苗字の田高田のタコにかけてるのね〜なんて事なの!もう─おもしろい〜”
こうして、波乱含みに幕を開ける異色のクリスマスパーティー。
実は、田高田にはある狙いがあった。
社長として目をかける若い二人をツガイにさせる狙いがあったのだ。
アキラとミサキにお揃いのトナカイコスプレを仕向けたのも、策士タコちゃんの壮大な計画だったのである。
「ふふふ…動物同士─身も心も近づくのだ─トナカイのツガイになれ〜ッ!!」と…。
ドランク・クイーン見参
そんな田高田の思惑など露知らず、洋子は目を輝かせていた。
“あ〜タコちゃん─酒豪らしいけど…どんなふうに酔うの?どうゆう潰れ方を見せてくれるの?”
なんてタチの悪い女だろう…。
そんな洋子とは対象的に、田高田は一人ひとりに心がこもったプレゼントを贈る。
酒好きの洋子には心トキメク綺麗なグラスを、バイトを掛け持ちして忙しいミサキには体を心配し安眠できるようにアイマスクを…。
そして、オシャレに無頓着なアキラにはアクセサリーを手渡した。
こんなところにも田高田健二郎の人柄が垣間見える。
洋子も田高田の優しさに心が温かくなる。
とはいえ、そこは魔性の“ドランク・クイーン”。
当初のミッションは見失わない。
プロとして!
もちろん登場願うのは、よく冷やしたレモンとテキーラだ!
元々早々に洋子を酔い潰して、アキラとミサキを水入らずにさせたい田高田としてはもってこいの展開だ。
そこに「小娘に負けてなるものか!」という男の意地も相まって、“ドランク・クイーン”に飲み比べを挑むバツ一中年。
だが、寄る年波には敵わないようで、次第に呂律が回らなくなってきた。
洋子お待ちかねのゴールデンタイムである。
ついに込み上げてくるものに抗えず便器に顔を突っ込む、お約束のフルコースに仕上がった。
クリスマスパーティー 慕情編
ひとしきり嘔吐と戦った田高田が便器から帰還すると、テーブルの上に突っ伏している洋子が目に入る。
もちろん狸寝入りであることは言うまでもない。
飲ませ過ぎたことを反省した洋子は、田高田に寝てもらうため布団を敷いておく。
ところが田高田は布団を一瞥すると、何を思ったか洋子に向かって来た。
酔って言葉にならないのか「ウィ~」と謎の奇声をあげている。
次の瞬間、自らの顔面をパン!パン!と引っぱたき気合いを注入すると、洋子を抱きかかえるではないか!
相変わらずスタン・ハンセンばりの「ウィ~」をかましながら、洋子を布団まで運ぼうとする。
たが、千鳥足の田高田はままならず、よろけて洋子の頭を食器棚にぶつける始末である。
しかし、なんとか布団までたどり着き、洋子を寝かしつける。
優しく頭を撫でながら。
そして、自分はテーブルに戻りまどろんだ。
野暮用を済ませ戻ったアキラは、そこで意外な光景を目にした。
テーブルで寝ている田高田を、洋子は灯りを消して見つめている。
“妹”はその様子を見守る“兄”に言った。
「あたしが寝たふりしてたらね─タコちゃん…あたしを抱っこして─おふとんまで運んでくれたの…酔って─フラフラなのに力振り絞って─自分の子ども寝かしつけるみたいに…」
そして、言葉を継ぐ。
「お父さん─想い出して…ちょっと泣いちゃった…」
そろそろ寝るように促すアキラ。
だが、洋子は首を振る。
「タコちゃんがテーブルから落ちないように見てるの─見てたいの…」
美しい洋子にはチャラ男が寄ってくる。
酔い潰して、その後はと…。
しかし、タコちゃんにはそんな下心は微塵もない。
10歳のとき、組織に家族を葬られた洋子。
優しかった父の背中が─田高田健二郎のぬくもりと重なった。
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