「闇に降り立った天才」赤木しげるの名言・名場面㉚ 
鷲巣編最終局『己の矜持に殉じた魂の闘牌』

マンガ・アニメ




泣いても笑っても鷲巣麻雀のオーラス、最終半荘6回戦南4局も大詰めを迎えていた。

安岡が運命を司るラスト1牌の東を引かぬ限り、赤木しげるがこの世から消え去るという悪夢が現実のものになろうとしていた…。 

運命のツモ

先ほどの起死回生のツモといい、今の安岡には赤木しげるの神通力が宿っていた。
いわば、赤木しげるの代理人ともいえる安岡は運命の牌を引かんとする。
さすがの鷲巣も覚悟を決めてこう言った。

「引くかもしれぬ。だが、そうなったら、それまでのこと。それがわしの身の程。受け入れるしかない」

ここにきて、赤木しげるばりの潔さをみせる鷲巣巌。

「安岡さん。審判の時だ!引いてくれ!」

アカギの言葉に導かれるように、牌穴に手を伸ばす安岡。
その瞬間、安岡の脳裏にアカギとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
嵐の夜に突如現れた13歳のアカギ。
そして、鉄火場に身を投じ、幾度も命がけの戦いを繰り広げてきたアカギ。
思えば、赤木しげるはいついかなる時も己の矜持に殉じてきた。

「殺させてなるものか!あの死にたがりを!」

しかし、無情にも2度目の奇跡は起こらなかった…。




神託下る

決して回してはいけなかった鷲巣のツモ番。
今まさに神託が下ろうとしていた。
しかし、鷲巣もまた大量の失血により視界がぼやけ、ほとんど目が見えぬほど追い詰められていた。

「アカギの様子はどうだ?ここに至ってアカギの様子は?」

アカギの像を結ばぬ鷲巣は部下に尋ねる。

「相変わらず…笑っております…」

「そうか…そうだろうな」

満足気な笑みを浮かべる鷲巣。

「なら、わしも笑おう…!笑って葬ろう!アカギを!」

 ついに、鷲巣巌が牌穴に手を入れ、アカギを死に至らしめる“牌”を引かんとする。
いや牌穴ではなく、アカギの胸の中に手を捻じ込むといった方が適切だろうか。
その牌とはひとつだけ脈打つ牌…アカギの心臓たる“東”だった!

「どこ?どこ?どこだ?アカギの命…どこに隠れておる?」

“東”を引く確率…たった63分の1。
しかし、もはやそんな机上の理論など“本物の魔力を宿した”鷲巣巌には意味がない。

「ドクンドクン…ドクン」牌穴の中で脈打つアカギの命。
“その牌”を掴んだ瞬間、鷲巣の目に心臓を押さえながら、事ここに至っても笑みを絶やさぬ赤木しげるの姿が像を結んだ。
鷲巣巌は死の忘却という運命をも笑みを浮かべて迎え入れる赤木しげるに、神々をも超越し真の自由を手にした者の存在をしかと見た。

鷲巣が牌穴からツモりあげた牌、それはもちろん東だった。
目の前で起きた神の御業に、勝利を確信する鷲巣陣営。 
常勝無敗に彩られた鷲巣巌をして、これまでの人生で得たことのない幸福感と達成感に満たされた。

だが、その至福の時は一瞬で消え去り、虚無という暗雲に覆われる。
赤木しげるという唯一無二の存在を喪う絶望が押し寄せてきたのだ。
それほどまでに、鷲巣巌にとって赤木しげるは、無くてはならない存在になっていたのである。
そう!自分と同類の赤木しげるは、かけがえのないもう一人の鷲巣巌だったのだ!
ある意味、自分自身を殺さねばならぬ事実に、あの鷲巣の目から滂沱の涙が落ちていく。
いっそ今ツモった東を切ろうかと逡巡するが、それこそ勝負への、そして赤木しげるへの冒涜ではないか。
鷲巣は死刑執行を決意し、アカギの息の根を止める一打に着手する。

ところが、異変が起きた。
不要牌を切ろうとするが、まるで巨岩のように動かない。
これが“神域の男”赤木しげるの命の重さなのだろうか…。
何とか切り終え、部下が鷲巣の必要牌たる白を切る。
いよいよ、鷲巣のウイニングランが始まろうとしていた。
ここからは、ひたすら部下が鷲巣の対子牌を切っていき、裸単騎に打ち込んで終了である。
 絶望にうちひしがれる安岡と仰木。
しかし、あくまでも赤木しげるは涼しげな眼差しを崩すことなく、戦況を見守っている。

「起きるべき事が、ただ起きただけ」

現実を受け入れ、ただ静かに逝くために…。

だが、鷲巣は動かない。
いや、正確に言うならば動けなかった。
先程は巨岩のようだった麻雀牌が、今はまるで城壁のように感じていたのだ。

ほぼ致死量の血液を失ったことが、この大詰めで鷲巣を追い詰める。

手を動かせないならばと「ポン」の発声を試みるも、それも叶わない。




赤木しげるの矜持

「アカギ、ツモれ!その白は4枚目…最後の牌だ!引いちまえば、もう鷲巣の和了はねえんだ!」

「安岡の言うとおりだ!意識朦朧となる方が悪い。ポンできず機会を逸する方が悪いんだ!」

アカギを促す安岡と仰木。
和了には届かずとも、最善を尽くしたアカギの執念が実ったかに思えた。
その時、長き沈黙を破り赤木しげるが口を開く。

「いや…待とう!」

一瞬、鉄火場を呆然とした空気が支配する。
一拍の間をおいて翻意を促す二人に、赤木しげるは言った。

「安岡さん…仰木さん…今この状況はオレと鷲巣で築いてきた長く果てしない死闘の結論。その末に鷲巣が得た権利。その権利は今朦朧としてるから、今のうちにとか、そんな安っぽいもんじゃないんだ!」

赤木しげるの魂揺るがす言霊。

「待つさ!鷲巣に命ある限り。心臓の鼓動、最後の一叩きまで待つ!」

決然と言い放つ赤木しげる。 
鷲巣巌にとってアカギの存在は必要不可欠である。
しかし、赤木しげるにとっても、鷲巣巌は唯一同類と認めた存在だったのだ。

言うまでもないが、ここで鷲巣がポンすれば、赤木しげるは死ぬのである。
にもかかわらず、赤木しげるは鷲巣のポンを待つと言う。
いくら鷲巣巌を認めたとはいえ、己の命と引き換えに戦いの聖域を守り通すとは…。

私は命より重きものの存在を教えられ、深い感銘を抱かずにはいられなかった。
なんという勝負への純粋なる魂。
なんという赤木しげるの勝負師としての矜持。
そして、勝敗を超越した死闘を共に紡いだ、鷲巣巌への最大限の敬意の表れでもあったのだろう。

決着

その時、鷲巣巌は脈も止まり息もしていなかった。
蘇生を試みる代わりに、鷲巣の配下達は敗北を認める。
後でどんな怒りを買おうとも、長年仕えた主の命が何よりも大切なのだ…。

ついに、神や魔物も震撼させた究極の戦いは幕を閉じた。

「勝った…。生き残ったぞ!アカギ…!」

仰木の勝ち鬨を皮切りに、アカギ陣営は狂喜乱舞に酔いしれる。
しかし、赤木しげるだけは無言を貫いた。

「いや…勝ったのはオレじゃない!勝ったのは鷲巣…鷲巣巌おまえだ!オレは…長生きしただけだ…」

そして一人、狂気の館を出て行った。

「オレはオレの勝ちを認めない。ルール上、オレ達の陣営が勝ちであること、それはそれで理解している。だから、仰木さんや安岡さんの取り分は好きにするがいい。だが、オレの取り分は拒否する。受け取れない!」

そう言い残して…。 

赤木しげるの無欲。
それは嵐の夜に突如現れた13歳の時から全く変わらない。
だからこそ、あの絶望的な条件下で鷲巣巌を相手に勝ち切れたのである。
人は果たして、これほどまでに己が矜持を貫けるのだろうか。
人はこれほどまでに欲を突き放し、高潔な魂を持ちえるのだろうか。
欲にまみれた悪徳刑事の安岡が、己の命と引き換えにしても助けたいと思うのも頷ける。

赤木しげるという至宝、そして奇跡の存在と出会えた喜びを噛みしめる。
金や権力をはじめとする富貴栄達よりも、人間には大事なことがあると生き様で示してくれた赤木しげる。
混迷の時代に漂う我々にとって、未来への羅針盤となるのではないだろうか。




神域・無双の闘牌

それにしても、驚くべきは赤木しげるの闘牌である。
最終6回戦こそ鷲巣にトップを譲るも、その他5回戦ではアカギが全てトップという圧勝劇。
何よりも半荘6回をフルに戦い、ただの1度も鷲巣に振り込まなかったのである。
いかに4牌のうち3牌が透けて見える鷲巣麻雀とはいえ、黒牌がある以上神業としかいいようがない。
それも、ただ守っていればいい訳ではない。
トップを狙うべく、果敢に踏み込んでの偉業なのである。

まさしく神域、無双の闘牌。
それを成しえたのは、理や知を超越した赤木しげるの“死にゆく麻雀”であった。
その覚悟があればこそ、鷲巣巌の人智を超えた狂気から生還を果たせたのである。

エピローグ

勝負を終え、赤木しげるは鷲巣の最期の刻を回想する。

「フフ…勝利の瞬間、博打の絶頂で逝ったか…なるほど愛されている。何者かに愛されている!羨ましい死に方だぜ…!」

闇の支配の終焉を告げる朝日を見つめ、赤木しげるは思う。

「オレの死に様はどうかな…?ククク…ま…鷲巣のようにはいかないだろう。オレは凡庸に死ぬ。オレは鷲巣ほど愛されていない。だが、どんな死に方であれ、オレらしく死ぬ…!鷲巣が鷲巣らしく逝ったようにオレも消えよう…その時はオレらしく…!」

 狂気の宴を生き残り、一生遊んで暮らせる大金を得た安岡と仰木は祝勝会を開いていた。
そこに、勝利の立役者・赤木しげるの姿はない。

その頃、ひとり赤木しげるは電車に揺られ、たゆたゆの世界に身を任せていた。
その顔はまるで憑き物が落ちたかのようである。
孤高の天才に訪れた束の間の安息であった…。


アカギ-闇に降り立った天才 35(本ストーリー収録巻)

コメント

タイトルとURLをコピーしました