「進撃の巨人」 エルヴィン・スミス ~調査兵団長という苦しみ~

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「進撃の巨人」史上、最もカリスマ性に富み、最もリーダーにふさわしいのは誰だろう。
私を含め、多くの読者が選ぶのはエルヴィン・スミスではないか。

第13代調査兵団長として多くの仲間を率い、最期は人類の未来のため心臓を捧げた男。
命が軽く、それ以上に命が重い戦場に散った英雄の物語を紹介する。

エルヴィン・スミス

調査兵団13代団長エルヴィン・スミス。
この男は巨人が支配する世界に舞い降りた、人類の希望ともいうべき英雄である。
頭脳明晰にして識見・人格ともに申し分ない生まれながらのリーダー。
まさに、調査兵団が誇るカリスマといえるだろう。
なにしろ、あのリヴァイが一目置く存在なのだから。

エルヴィンの功績は枚挙にいとまがないが、中でも壁外調査における陣形整備は秀逸だ。
彼の発案した「長距離索敵陣形」は、“いかに巨人を倒すか”という発想から“いかに巨人を早く発見し避けるのか”に転換したものである。
このことにより兵士の生存率は大幅にアップした。

既存の作戦に囚われず、逆転の発想が閃く点からも、エルヴィンの柔軟な思考が窺える。

苦悩

エルヴィンの演説は只のエリートにはない、説得力と迫力に満ちていた。
だが、そのことが多くの兵団員たちの屍を築いてきたことも事実である。

そんなエルヴィンには幼い頃からの夢がある。
それは壁の外にも人類がいるという、父が語りし世界の真実を確かめることだった。
いつしかその夢が生きる目標となっていき、仲間の死に遭遇するたび苦悩を深めていく。

「私は気付いていた。私だけが自分のために戦っているのだと…他の仲間が人類のためにすべてを捧げている中で、私だけが自分の夢を見ているのだ。いつしか私は部下を従えるようになり、仲間を鼓舞した。人類のために心臓を捧げよと。そうやって仲間を騙し自分を騙し、築き上げた屍の上に私は立っている」

このエルヴィンの独白が、良心の呵責に苛まれる様子を物語る。
そして、それはリヴァイとのやり取りにも垣間見えた。
エレン奪還の折、巨人に右腕を食いちぎられたエルヴィンにリヴァイは言う。

「右腕は残念だったな」

すると、エルヴィンはこう返す。

「……今まで俺が巨人に何百人食わせたと思う?腕一本じゃ到底足りないだろう。いつか行く地獄でそのツケを払えればいいんだが」

この時はまだ、エルヴィンの本心には気付かなかった。
だが、ウォール・マリア最終奪還作戦で、ついに秘めた想いをリヴァイに打ち明ける。
それは“獣”の巨人を倒すため、自らが新兵を率い囮になり、死線に打って出る直前のことだった。
苦悩する盟友に、リヴァイは心を鬼にして言い放つ。

「夢を諦めて死んでくれ!新兵達を地獄に導け!獣の巨人は俺が仕留める」

その瞬間、エルヴィンの苦悩に満ちた眼差しが、しがらみから解き放たれ輝きを取り戻す。
吹っ切れたエルヴィンは新兵達と地獄に向かうため、彼らの説得を試みる。
このままでは獣の巨人の投石により、座して死を待つばかりなのだから…。

「総員による騎馬突撃を目標“獣の巨人”に仕掛ける!当然、目標にとっては格好の的だ!我々が囮になる間にリヴァイ兵長が“獣”の巨人を打ち取る!以上が作戦だ!!」

当然のように新兵達は拒否反応を示す。

「今から死ぬんですか?」
「どうせ死ぬなら命令に背いて死んでも同じだし、意味なんかないですよね?」

調査兵団長エルヴィン・スミスは一世一代の演説で彼らの魂を揺さぶった。

「まったくその通りだ。まったくもって無意味だ。どんなに夢や希望を持っていても、幸福な人生を送ることができたとしても、岩で体を打ち砕かれても同じだ。人はいずれ死ぬ…ならば人生には意味は無いのか?そもそも生まれてきたことに意味は無かったのか?死んだ仲間もそうなのか?あの兵士達も…無意味だったのか?
いや違う!!あの兵士に意味を与えるのは我々だ!!あの勇敢な死者を!!哀れな死者を想うことができるのは生者である我々だ!!我々はここで死に次の生者に意味を託す!!それこそ唯一この残酷な世界に抗う術なのだ!!兵士よ怒れ。兵士よ叫べ。兵士よ!!戦え!!」

先陣を切るエルヴィンに続き、新兵達は獣の巨人目がけて突撃する。
次々と投石に被弾し、粉々に散っていく若い血潮たち。
その特攻で生還できたのはフロック・フォルスターと、彼が背負う瀕死のエルヴィンだけであった。

悪夢からの解放

エルヴィンの夢。
それは、いつしか悪夢になっていたように思う。
夢を叶えるため、己の罪を自覚しながらも、仲間を生贄として捧げてきた。
それでも前進を止められない。
なぜならば、父を死に至らしめた壁の向こうの真実を確かめずにはいられないからだ。

エルヴィンに人の心が無ければまだしも、彼は命の重みを十分すぎるほど分かっている。
生きながらにして、地獄の業火に焼かれ続けるエルヴィン。
まさに漫画『アカギ』の名言「焼かれながらも…人はそこに希望があればついてくる」を地で行く人生。

だが、「夢を諦めて死んでくれ」というリヴァイの言葉によって、ようやく悪夢から解放されたのだ。
だからこそ、澄み切った目の光を取り戻すことができたのではないか。

そして、自分を生かすべく注射を打とうとするリヴァイの手を無意識に跳ねのけ、言葉を発した。

「先生……に………いないって……やって調べたんですか(壁の外に人類がいないって、どうやって調べたんですか)」

死の忘却を迎えんとするエルヴィンが、今まさに人生をかけた夢の中にいる。
その刹那、リヴァイは様々な思い出が脳裏をかすめ気が付いた。
エルヴィンは夢の奴隷であり、夢に酔い続けていたことに。
もうこれ以上、地獄の業火に焼かせてはならない。
兵長としてではなく、リヴァイ個人の私情として…。
だからこそ、エルヴィンを選ばずに、アルミンを生かしたのだろう。

この究極の二者択一には、様々な意見があるに違いない。
だが、私はリヴァイの決断に納得した。
是非については分からない。
それでも、エルヴィンという盟友への想いが痛いほど伝わってきたからである。

エレンとミカサの愛。
エレンとアルミン、ユミルとヒストリアの友情。
それらにも劣らぬリヴァイとエルヴィンの絆の深さに言葉もない。


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まとめ

幼き日、自らの好奇心により父を死に至らしめたエルヴィン。
あの日から地獄は始まっていたのだろう。
悪魔となって弁舌巧みに仲間を鼓舞し、数多の屍を築いてきた。

だが、私にはエルヴィンが悪魔だとは、どうしても思えない。
この男はどんなときも兵士の死を心から悼み、無駄にしないと誓っていた。
それは、部下への敬意を片時も忘れたことがないからだ。
そして、その高潔な魂には嘘偽りが無い。
とき来たれば、自らの心臓を捧げる覚悟のほどを命を賭して証明した。

第13代調査兵団長エルヴィン・スミス。
あなたがいなくなった世界で、リヴァイ兵長が少し寂しそうに見えたのは…気のせいだろうか。

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