「進撃の巨人」ハンジ・ゾエ ~調査兵団長という生き様~

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調査兵団のトップ、調査兵団長。
巨人から人類を救うため、数々の勇者たちが歴任した。

中でも、エルヴィン・スミスと共に読者に馴染み深いのがハンジ・ゾエである。
彼女はエルヴィンにも勝るとも劣らない、素晴らしき調査兵団長だった。

ハンジ・ゾエ

エルヴィン亡き後、調査兵団長の跡目を継いだのがハンジ・ゾエだった。
当初は分隊長で登場し、常軌を逸した巨人マニアぶりにドン引きした御仁もいるだろう。
なにしろ、巨人の実験で何度も食われそうになりながら、目を輝かせてはしゃぐ姿は尋常でない。
ある意味、作中随一の変わり者といえるかもしれない。
かくいう私も、リヴァイの口癖「クソメガネ」に共感していた。

そんなハンジが数多の別離を経験し、尊敬すべき上官に成長していった。
とはいえ、団長に就任してからは、その責任の重さに苦悩したに違いない。
団長の一声で、部下を死地に追いやるのだから。

本来は、一風変わった研究肌といった役割がハンジの性には合っている。
しかも、エルヴィンという唯一無二のカリスマが前任だったのだ。
そう思うと、立派に責務を果たしたハンジを心から労いたい。




究極の選択

“超大型”巨人を倒すため囮になり、熱風に焼かれ黒焦げになったアルミン。
かたやエルヴィンも“獣”の巨人討伐のための囮になり、致命傷を受けていた。
リヴァイは巨人化するための注射を持っており、それを打てば命が助かる。
問題は注射器が一つしかないことだ。
リヴァイは人類のためには団長のエルヴィンが不可欠だと判断し、アルミンを諦めることを決意する。

しかし、エレンとミカサは認めず、実力行使に打って出る。
エレンを殴り倒したリヴァイだが、ミカサには組み伏せられてしまう。
“獣”の巨人を倒すため、何十体という巨人と戦った疲労が残っていたのだろう。
ミカサは刃をリヴァイに押し付け、注射器を奪おうとした。
その瞬間ハンジが現れ、ミカサを羽交い絞めにしながら説得する。

「私達にはエルヴィンが必要なんだ!!調査兵団はほぼ壊滅状態!団長まで死んだとなれば…人類は象徴を失う…!!あの壁の中で灯火を絶やしてはならないんだよ!!」

「それはアルミンだって…できる」

反論するミカサにハンジは魂の叫びをもって語りかける。

「私にも…生き返らせたい人がいる!何百人も…調査兵団に入った時から別れの日々だ。でも…分かっているだろ?誰にだっていつかは別れる日が来るって…とてもじゃないが受け入れられないよ。正気を保つことさえままならない…それでも前に進まなきゃいけない…」

“超大型”巨人の爆風に吹き飛ばされたハンジ。
本来ならば他の兵団たちと同様、生きているはずなどなかった。

だがその刹那、腹心の部下モブリットがとっさの判断でハンジを井戸に押し込み、九死に一生を得たのである。
モブリット自身が助かる選択肢もあっただろうに…。
思えばモブリットほどハンジに寄り添い、ときにツッコミ、背中を預けた者はいないだろう。
ハンジの説得がここまでミカサの心に響いたのは、そのモブリットの最期を思い浮かべながら語りかけたからに違いない。
そして、強引にねじ伏せるのではなく、後ろから包み込むように抱きかかえるハンジのぬくもりと母性のような優しさが伝わったからではないか。

最終的にはリヴァイが決断し、アルミンを助けることになる。
あまりの責任の重さに、アルミンは現実を受け入れられない。
だが、ハンジはリヴァイを責めることなく、決然とした態度で前を向く。

「私もエルヴィンに打つべきだと思ったよ。しかし、エルヴィンが注射を託したのはリヴァイであり、そのリヴァイがアルミンを選んだ。それなら何も言うまい」

過ぎたことに苦言を呈すのではなく、常に未来を見据え最善の策を模索する。
そんなハンジなればこそ、調査兵団長たりえるのだ。


進撃の巨人21巻 (アルミンかエルヴィンか?究極の選択を迫られる「白夜」ほか収録)

自由の翼

殺戮に手を染めるエレンのもとに向かうため、必死に飛行艇を飛ばそうとする調査兵団たち。
ハンジはリヴァイに尋ねた。

「ねえリヴァイ…みんな見てるかな?今の私達を死んだ仲間に誇れるかな…」

リヴァイはその台詞に、かつてのエルヴィンの言葉を思い出す。

「…ヤツみてぇなこと言ってんじゃねぇよ…」

そんな中、刻一刻と巨人の死の行軍“地鳴らし”が迫りくる。
それを足止めするには、誰かが巨人の群れに突入しなければならない。
飛行艇を飛ばす時間を稼ぐため、命と引き換えに…。

アルミンとライナーが名乗り出る。
しかし、ハンジが待ったをかけた。

「ダメに決まってるだろ!!巨人の力はもう一切消耗させるわけにはいかない!!」

第14代調査兵団長は不退転の覚悟で言い放つ。

「みんなをここまで率いてきたのは私だ。大勢の仲間を殺してまで進んだ…そのけじめをつける!」

そして、アルミンに15代団長の座を託し、遺言を残す。

「アルミン・アルレルト!調査兵団長に求められる資質は理解することを諦めない姿勢にある。君以上の適任はいない。みんなを頼んだよ」

最後にリヴァイが視界に入った。

「…オイ…クソメガネ」

ハンジは戦友に今生の別れを告げる。

「分かるだろ?リヴァイ…ようやく来たって感じだ…私の番が。今最高にかっこつけたい気分なんだよ。このまま行かせてくれ」

先ほどまでとは打って変わり、旧友の前で死の恐怖に呑まれかかるハンジに、リヴァイはあふれる想いを胸に秘めエールを送る。

「心臓を捧げよ」

長い付き合いのふたりだが、ハンジは初めてリヴァイの口からその言葉を聞く。
その瞬間、覚悟が決まり精悍な表情に戻ったハンジは最後の任務に旅立った。
死を実感しながらも「あぁ…やっぱり巨人って素晴らしいな」と洩らすのがハンジらしい。

巨人の群れに飛び込み、次々とうなじに切り付け倒していく。
だが、巨人の発する熱に全身を炙られる。とうとう焼き尽くされ事切れたとき、間一髪、飛行艇が大空に飛び立った。
ハンジが身を呈し、希望の灯を繋ぐことができたのだ。

巨人の足跡の中でハンジは目が覚めた。
周りには、エルヴィンを筆頭に忘れ得ぬ人々が自分を見つめてる。

「ハンジ お前は役目を果たした」

エルヴィンの言葉に彼女は理解した。

「エルヴィン…みんな…そうか」

これで終わらないのがハンジ・ゾエである。

「まったく…団長になんか指名されたせいで大変だったよ…エレンのバカがさぁ…」

「あぁ…大変だったな。ゆっくり聞くよ」

ハンジは手を差し伸べられ、かけがえのない仲間の輪に加わった。

ハンジ・ゾエの最期。
それは調査兵団長としてのけじめを、見事なまでに果たしたものだった。
助からないと分かっても、誰かがやらねばならないときがある。
それを団長自ら買って出る姿はエルヴィンと重なった。
また、とかく哀しみや悲壮感が支配するのが死の場面だが、彼女の場合は一味違う。
改めて巨人を見た感想や仲間たちとの再会のやり取りは何ともハンジらしく、ユーモアと爽やかな空気さえ感じさせる。
まさしくハンジ・ゾエの人となりを偲ばせた。

そして、リヴァイとハンジの今生の別れ。
エルヴィンに続きハンジまでも…。
片目と右手の指を失った満身創痍のリヴァイには、たむけの言葉しか贈れない。
作中で最も懊悩したのは、仲間の死を見つめ続けたリヴァイだと思うのは私だけではないはずだ。

それにしてもエルヴィンにも感じるが、調査兵団長という生き様のなんと気高いことか。
とかく保身しか頭にない、どこかの国のお偉いさんたちとは一線を画す高潔な魂の存在を知らしめた。




まとめ

エルヴィン・スミスと並び称される調査兵団長ハンジ・ゾエを紹介した。

エレンをはじめとする104期生達が感情の赴くままに気持ちを吐露するのに対して、団長たちは心の葛藤を飼いならし、常に冷静沈着な決断を下していく。
ときには精神のバランスを崩し、泣き叫びたくなるときもあっただろう。
しかし、常に団長としての振る舞いを全うした。

団長という仕事の辛さと難しさ。
自らの号令のもと、夥しい数の部下を巨人の餌食としなければならない。
全ては人類のため、そして大切な人の未来のため、心臓を捧げた兵士たち。
その勇気と覚悟を誰よりも知りながら、悪魔となって「死んでくれ」と命じるのが団長の役割だ。

リヴァイやエルヴィンとともに戦場を駆け抜けたハンジ・ゾエ。
彼女の尊い犠牲があればこそ、平和な時代が訪れた。


進撃の巨人33巻 (ハンジの最後を描く「自由の翼」ほか収録)

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