尊さ100%「可愛いだけじゃない式守さん」レビュー

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本作品のジャンルはラブコメディになる。
なぜならば、美少女JK・式守さんと同級生の和泉君という、微笑ましくも尊さ満点のカップルが主人公なのだから。
私は二人のやり取りに、漫画を見て初めて尊いという感情に駆られた。

それでもなお、この物語の最大の魅力は主人公のみならず、彼らを取り巻く友人達との青春群像劇にあるだろう。
なにしろほぼ全話、読者の心を穿つ神回が展開されていくのである。

そんじょそこらのラブコメものにはない、「可愛いだけじゃない式守さん」の素敵な世界を覗いてみよう。

作品を読んで

本作の主人公・和泉幽希は、超が付く不幸体質だ。
登校中に頭に枝が刺さったり、強風が吹くとなぜか和泉君だけに物が飛んできたりと、不幸エピソードを挙げたらキリがない。

そんな一見か弱い彼氏を傍らで守るのが式守都である。
中学時代、空手で全国大会に出場するほど運動神経抜群の彼女は、可愛いだけじゃなく男前な凛々しい姿にも定評があり、老若男女を魅了するカッコ良さも持ち合わせている。
ふたりともピュアで心優しい、本当に応援したくなるお似合いのカップルといえるだろう。

そんな和泉君と式守さんを取り巻く、気持ちのいい友人達。
私などはふたりのデート編よりも、友人との友情譚や彼らの内面を掘り下げる話柄の方が興味をそそられる。
和泉&式守カップルのラブストーリーもさることながら、むしろ友人達とのエピソードに尊みを感じるのは私だけだろうか。

では早速、素晴らしき友人達を紹介していく。




犬束 秀(いぬづか しゅう)

和泉君の親友にして、式守さんに次ぐ彼のボディガードが犬束秀である。
ということも手伝って和泉君からの信頼厚く、しばしば式守さんからライバル視されている。

性格は何事も真面目に向き合い、サッパリしているが、いささか自分本位な面も散見される。
むしろ彼の場合、自分の気持ちに素直という方が適切かもしれない。

獣医師を目指し努力している中、高校卒業後に和泉君と離れ離れになる寂しさがよぎるようになる。
犬束に初めて芽生えた感情からも、和泉君の存在の大きさが窺える。

猫崎 享(ねこざき きょう)

バレーボール部に所属する明朗快活なスポーツ女子。
誰にでも分け隔てなく接する彼女は、見ていてとても気持ちが良い。

だが、涙もろい一面も持ち合わせている。
要するに、感情豊かなのである。

後述する狼谷藍の良き理解者であり、ふたりの関係性に涙した読者も少なくないだろう。
本作品には欠かせないムードメーカー、それが猫崎享である。




八満 結(はちみつ ゆい)

可愛らしい容姿だが、作中随一のユニークキャラ。
148cmしかないインドア派の彼女は、とにかく体力が無い。
その点でも、体力自慢の友人達と比べ対照をなしている。

普段から変幻自在ぶりを見せつけ、巨大化して犬束にウェスタンラリアットをかましたかと思えば、夏の暑さに溶け出し液状化することも…。
とにかく、わずかな登場シーンでも強烈な爪痕を残すのが八満結なのだ。

狼谷 藍(かみや あい)

学校一のヒロイン狼谷藍。
私にとって、彼女は最も心に残る登場人物だ。

神回揃いの本作で、狼谷さんが登場する話は特に名場面の宝庫である。
それは、彼女が容姿端麗なだけでなく、その外見以上に美しい心の持ち主だからだろう。

ということで、“神回製造機”狼谷藍についは特別にエピソードを振り返る。

切ない想い

才色兼備を絵に描いたような狼谷さんは、幼い頃から常に周囲の期待に応え続けてきた。
そうしたこともあり、いつしか心を開くことができなくなり、壁を作るようになっていく。
とはいえ、優しい性格の彼女は笑顔を振り撒いていたのだが、そのことが更に精神を疲弊させもした。

そんなとき、同じ図書委員の活動をとおして和泉君と出会う。
彼の静かな優しさと心地良い人柄に惹かれていく。
もちろん、奥ゆかしい狼谷さんはおくびにも出さないが…。

そうこうするうちに、和泉君には式守さんという彼女が出来てしまう。
元々、気持ちを伝えるつもりはなかったが、すっきりしない気持ちを抱えていた。
図書委員の活動日、狼谷さんは式守さんと遭遇する。
式守さんは一瞬の表情と仕草から、彼女が和泉君に想いを秘めていることを見抜いた。
普通は彼氏に恋心を持つ存在を知ったなら、心中穏やかではいられない。
しかも、その相手が校内一の美少女なのである。

しかし、狼谷さんを抱きしめながら、式守都はこう言った。

「その気持ち…大切にして」

狼谷さんは自分の心を偽って必死に和泉君への想いを無かったことにしようといていた。
あのクールな狼谷さんが泣きながら胸の内を吐露したことに、式守都は持ち前の“漢気”が発動し黙って見ていられなかったのである。

式守さんの優しさと心の広さに救われた狼谷さん。
しみじみと“和泉君の彼女”に思った。

「それにしても、すごい子だったな…この私が胸を借りるなんて」

そのとき、一陣の風が吹き抜ける。

「良かった…あの子が彼女で…どうか幸せに」

狼谷藍は穏やかな表情で心の底から呟いた…。

この回は私にとって、「式守さん」が不朽の名作となった記念碑的ストーリーである。
おそらく、和泉君以外なら誰もが喜んで狼谷さんの彼氏に名乗りを挙げるだろう。
世の中とは上手くいかないものだ。

しかし、そんな一途で誠意が服を着て歩いているような和泉幽希だからこそ、狼谷さんほどのカリスマが好きになったのだろう。
そういう意味で、狼谷さんは本当に見る目がある。

狼谷さんは美しさに加えカッコ良さも兼ね備えているが、その点では式守さんも一歩も引けをとらない。
度々見せる凛々しい表情は、まさに「可愛いだけじゃない」という表現がピッタリだ。

今回の物語は失恋がテーマである。
ドロドロの愛憎劇になってもおかしくない。
にもかかわらず、これだけ爽やかで、これだけ読後感が素晴らしいのは、ひとえに二人のヒロインの美しい魂によるものだ。

あくまでも私見だが漫画史上最高の失恋譚であり、これ以上の尊さは望めない。

最後の大会 – 猫崎享との物語

狼谷と猫崎は3年間苦楽を共にしたバレー部員である。
最後の試合となる県大会予選、エース狼谷の活躍もあり準決勝に進出する。
相対するは全国大会にも出場した経験を持つ強豪校であり、苦戦が予想された。
そんな折、チームメイトを軽んじる外野の会話を耳にする狼谷藍。

「狼谷は飛び抜けて上手いが、ここからはチームメイトがついていけないだろう。まあ、それでも健闘したほうだ」

いつもはクールな彼女だが、この発言だけは許せない。
たしかに、猫崎をはじめとするチームメイトは狼谷ほど天稟には恵まれていない。
しかし、猛練習にも必死に耐え、レギュラーの座を勝ち取った仲間なのである。
そして、何よりも自分が苦しいとき、常に寄り添い支えてくれたのが彼女達だった。
いったい何を見てきたというのだ…!

ゆだる怒りを力に変え、狼谷は次々と想いを乗せたスパイクを決めていく。
仲間のため、応援してくれる友のため、初めて狼谷は勝利に飢えていた。
しかし、善戦虚しく敗れてしまう。
だが、闘志を全面に出しボールに食らいつく様は、まさに狼の群れだった。

涙を流すチームメイトを慰める狼谷と猫崎。
ふたりは涙を流さない。

皆の前では明るく振る舞う猫崎だが、独りトイレに向かうと悔やし涙が止まらない。
そこに現れる狼谷。
心配し、追いかけて来たのだ。
狼谷を視界に捉えると、猫崎は思いの丈をぶつけた。

「ちくしょう…もっとみんなと戦いたかったよ…ごめんね狼谷。アタシ、力になれてたかなぁ」

その言葉に、狼谷は間髪入れずこう言った。

「何を言っているんだ!いつも明るく励ましてくれる猫崎にみんな助けられていた。私がみんなと本当の仲間になれたのはお前がいたからだ。私も、もっとみんなといたかった!戦いたかった…!」

その顔は滂沱の涙に暮れている。

「悔しいけど…楽しかった。3年間ありがとう…猫崎」

ふたりは互いに歩み寄り、固い抱擁を交わすのだった。

やれば何でも高レベルでこなしてしまう狼谷は、それゆえに勝利に対する貪欲さに欠けていた。
しかし、チームの仲間を蔑ろにする言葉に渇望した。
“勝利”の二文字を。
それはチームメイトと少しでも長く戦いたい…そんな想いに駆られたからである。

勝負は時の運という言葉もあるように、あと一歩の所で届かなった狼谷たち。
チームメイトが泣きじゃくる中、涙を見せないふたりの姿に私は改めて痛感した。
このチームは狼谷と猫崎が精神的支柱だったのだと。

だが、そんなふたりも仲間の輪から離れた途端、あふれ出す涙を抑えきれなかった。
狼谷と猫崎の友情、そして珠玉のやり取りに思わず私も目頭が熱くなる。
それは決して、私だけではないはずだ。

それにしても、試合の最中にモノローグとして狼谷の心象風景を挿し込む描写は見事のひと言に尽きる。
より深く彼女の気持ちが伝わった。

帰路につく部員たちと並んで歩く猫崎に去来したある思い。

「大会の帰り道って、いつも夕方だな。朝の空はちょっと怠くて静かな感じ。夜は暗いけど、いつもなんだかワクワクしている。そして夕方の空はアタシの思い出の証…最高のチームメイトとの最高の時間の証」

茜色の空を見つめる猫崎の頬に、ひとすじの光るものが流れ落ちた…。




まとめ

「可愛いだけじゃない式守さん」の尊さ100%の世界を見てきたが、如何だっただろうか。
登場人物全員が善人しかいない世界観、それもまた本作品の魅力である。

ここでは紹介しきれなかった素晴らしいエピソードはまだまだある。
和泉・式守・犬束・猫崎・八満が体育祭のクラスリレーで奮闘する様子は、本作屈指の名シーンかもしれない。
特に、アクシデントに見舞われる不幸体質の和泉と転倒した八満が必死にバトンを繋ぐ場面は、多くの読者を感涙させたに違いない。

また、修学旅行編で仲間に加わった猿荻も、地味ながら和泉君に“優しい人”と認められた善き人だ。
さらに、式守都と隼瀬リサが織りなす一瞬の邂逅と再会の物語。
そして、“くまむし”隼瀬と“ムキムキチョモランマ”こと八満の隠された友情秘話も名場面として印象深い。
語り出すとキリがないので、後は各自ご自分の目で確かめて欲しい。

「可愛いだけじゃない式守さん」。
この作品は何度でも繰り返し読みたくなる名作だ。


可愛いだけじゃない式守さん20 (感動の完結巻)

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