5回戦に続き、アカギは安岡の余計な立ち回りにより死に瀕した。
今度こそ、長かった夜に決着のときが訪れたかに思えたが、地獄の淵から甦る赤木しげる。
その光景を目の当たりにし、鷲巣巌は狼狽する。
異様な雰囲気の中、6回戦南3局が始まろうとしていた…。
その静謐なる魂
復活したとはいえ2300㏄(500㏄は事前輸血済み)もの血液を抜かれ、アカギはひとりでは雀卓にもたどり着けぬほど、ほうほうの体となっていた。
そんなアカギに肩を貸す安岡は卓に向かう中、謝罪する。
「すまねえ…俺の小細工が鷲巣のリーチを誘発し、結果的に今回のハネマンツモあがりにつながった。俺があんなことをしなければ…」
すると、赤木しげるは事もなげに言う。
「戻ってきたろ!だったら裏目でもないさ!」
「裏目じゃない…?」
意味が分からぬ安岡に、赤木しげるは言葉を継ぐ。
「そうさ…戻って来さえすれば、安岡さんの細工から始まった南2局…あれは生きる!」
赤木しげるを見て思うのは決して過ぎたことを引きずらず、味方のミスも責めないということだ。
5回戦でも事前輸血が無ければ絶命に至るほどのボーンヘッドを犯した安岡を、赤木しげるは全く責めることをしなかった。
今回も死の淵にまで追い込まれながらも、逆に安岡をフォローする。
しかも、そこに勝機の匂いまで嗅ぎ取っているのである。
いついかなる時も勝負を諦めず、未来を見据え戦いに臨む、赤木しげるの真骨頂を見た思いがした。
致死量ギリギリの血液採取でフラフラのアカギに対し、圧倒的有利の鷲巣も油断ならない立場である。
何しろ、ここまで1100ccの血液を抜かれており、アカギに満貫を振り込めば、ほぼ助かる見込みはない。
辺りを漆黒の闇が支配する中、波乱含みの南3局を予感させるように雨足が強くなる。
親の鷲巣はここまでの流れを象徴するが如く、好配牌に恵まれた。
一方、アカギはこれまた流れ通り、クズ牌で固められている。
この勝負どころで、思わず愚痴りたくなるような配牌だ。
当然、後ろで観戦する仰木は落胆するが、赤木しげるは澄みきった静謐な空気を纏っている。
自らの絶望的な手牌に向けられた眼差しは優しさに満ちあふれ、まるで愛おしいものを見つめているようである。
不運や不ヅキ、不条理にも逃げ出さず、真摯に向き合う赤木しげる。
その様は、彼の持つ魂の純度を具現化していた。
6回戦・南3局
配牌2シャンテンで形も整う鷲巣に対し、配牌5シャンテンでバラバラの形のアカギ。
だが、アカギは第1ツモで自風の西を重ねた後、發も対子にする。
少しだけ、あがりへの糸口が見えてきた。
だが、鷲巣も手が進み、4巡目で好形の1シャンテンになっていた。
南をポンしてのテンパイも狙えたが、ここまでのアカギの闘牌が脳裏に焼き付く鷲巣は、慎重を期して面前テンパイを目指した。
そして、絶好の牌を引き、一四萬待ちのテンパイを果たす。
一萬ならチャンタが付くことに加え、味方の黒服がその一萬を2枚持っているためダマテンに構える。
次巡、黒服が一萬を打てばあがりである。
部下はもちろん一萬を打った。
ところが、なぜか「ロン」を発声しない鷲巣。
一萬が安全牌と見せかけてアカギからの直取りを狙い、一気に決着を付けるためである。
部下が一萬を2枚持っていることも幸いし、状況次第ではもう1枚の一萬であがれば良いという保険も付いている。
しかし、この判断が甘かった。
まだまだ手牌が揃わぬアカギだが、続々と黒牌を引いていた。
いつの間にか、アカギの手牌は闇に溶けている。
そして、立て続けに西と發をポンし、萬子のホンイツ模様を演出した。
なにしろ七萬だけが透けて見えていて、それ以外の牌は黒牌で覆われている。
赤木しげるという悪魔が黒牌という闇と手を組み、築き上げた“幻想の城”。
普通ならば、そんな都合良く、黒牌の部分が全てメンツになっているなど有り得ない。
だが、思い出してほしい。
鷲巣の現金を溶かした赤木しげるの裏ルート。
その原動力となったのが、妖術の如き黒牌を駆使した打ち筋だったのだ。
そして、鷲巣は危険牌を引かされる。
アカギへの幻想が、“巨魁”鷲巣巌をして手牌を曲げさせた。
万が一、「西・發・ホンイツ」の満貫に打ち込めば、800㏄の血液を抜き取られることになり、合計1900㏄の血液を失うからである。
こうして、再び“闇”を従えた赤木しげるは逆に鷲巣を追い詰める。
実は、そのアカギ。
まだ…テンパイしていなかった。
やはりというべきか、次巡、鷲巣は本来ならばあがっていた四萬を引いてくる。
そして、アカギは發をカンすると浮き牌の七筒に八筒をくっつけて、六・九筒のテンパイを果たした。
萬子のホンイツと見せかけ、筒子待ちにする巧妙な打ち回しだが、九筒はドラだけに出づらいのも確かである。
案の定、九筒を引いた鷲巣だが、ドラ単騎に打つと満貫確定のため捨てることはあり得ない。
必死に降りる鷲巣だが、引かされるのは萬子とドラの九筒ばかりである。
残り4~5巡となり、アカギは鷲巣が暗刻で持つ「北」を引いてくる。
すると、何を思ったのか「北」を手に残し、雀頭の七万を切ってテンパイを崩した!
永遠に引くことのない牌を残しテンパイを崩す失態に、思わず仰木は天を仰ぐ。
だが、よく見ると…アカギの手牌は全て黒牌で覆われていた。
三度、闇と手を組む赤木しげる。
そして、赤木しげるは六筒を引き、テンパイを復活させる。
テンパイを崩さなければ、あがってはいたものの、鷲巣にはほとんどダメージはなく局だけが進んでいた。
しかし、現実問題として「北」は鷲巣が3枚持っている。
ベタ降りの鷲巣からの直撃は、厳しいと言わざるを得ない。
と思いきや、ガラス牌の六筒を引いたことにより、鷲巣からは萬子のホンイツが無くなったことが見えている。
さらに、黒牌の三筒や四筒の在り処など場況から、筒子のホンイツやチャンタも無くなった。
安全牌に窮する鷲巣だが、「北」で放銃する分には3200点が確定する。
この点数では死に至ることはない。
たった1牌の六筒が、劇的に状況を変化させたのだ。
何よりも、死を免れた安堵から鷲巣の精神は弛緩した。
配牌から3枚持っている「北」で待つ由もない…そんな理にしか身を委ねられない鷲巣巌。
しかも、1度だけリスクを冒せば、3巡の安全を買えるのだ。
もはや、緩みきった鷲巣には嗅覚が働かなくなっていた。
そして、ついに…。
鷲巣の手から「北」が放たれた…。
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