死役所。
そこは、この世とあの世の狭間にあり、全ての人が必ず一度は通る場所。
当然ながら、様々な人生を送った人たちが様々な最期を迎え、死役所に訪れる。
幸福に包まれて臨終を迎えた人もいれば、絶望に苛まれながら非業の死を遂げた人もいる。
そんな黄泉に旅立つ人々に応対するのが死役所職員だ。
その中に、石間徳治という人物がいた。
石間徳治(イシ間)
死役所に勤める人々には、ある共通点がある。
全員、元死刑囚で死刑執行により亡くなった。
一見すると、彼らはそこまで凶悪犯には見えないが、一癖も二癖もある人物が揃っている。
そんな死役所職員の中にあって、誰もが認める善人がいた。
イシ間さんこと石間徳治である。
外見はスキンヘッドで強面だが、なぜ彼が死刑囚だったのか理解できないほど、涙もろい人情家なのである。
だが、石間さんには筆舌に尽くし難い過去があったのだ。
石間さんの過去
石間さんの過去は第9話にて明かされた。
それは、何ともやりきれないストーリーである。
生前、大工として働いていた石間さんは妻に先立たれたが、姪っ子のミチと暮らしていた。
弟夫婦が他界したため、石間さんが引き取ったのである。
14歳と年頃のミチだが、素直で優しい性格も手伝って実に仲睦まじい様子が窺えた。
なによりも、石間さんが我が子以上に深い愛情を注いだことも、ふたりの関係を良好なものにしたのだろう。
ミチは村でも評判の美少女に加え、家事全般もこなし、おまけに頭も良い。
石間さんも面倒見の良い優しい人柄で、親方や村人にも好かれている。
見た目は正反対だが、人となりが素晴らしいふたりはある意味、普通の家族以上に幸せな家族であった。
ある晩、ふたりが夕飯を食べていると、畑の方から物音が聞こえてきた。
不審に思った石間さんが向かうと、そこにはイモ泥棒に精を出す兄弟が、畑の土を掘り返している。
強面の表情でヌッと現れた石間さんに、兄弟は怯えながら命乞いした。
「ごっ…ごめんなさい。殺さないでください」
「馬鹿か!イモ盗んだくらいで殺さねぇよ」
兄弟と石間さんのやり取りを見ていたミチは笑顔を浮かべ、大根を手渡しながらこう言った。
「お腹減ってるの?よかったら大根もって行って」
石間さんも兄弟を叱ることなく、優しいミチに相好を崩している。
なんと!素敵なふたりなのだろう!
翌日、上棟式を終え、ほろ酔い気分の石間さんが自宅に帰ると、食べかけの夕飯があるだけでミチはどこにも見当たらない。
水を汲みに外に出ると、草むらから「うっ…うっ…!」というミチの嗚咽が聞こえてくる。
こともあろうに、昨晩の兄弟がミチを乱暴していたのだ!
怒り心頭の石間さんは鍬で弟に殴りかかった。
そして、「家の中に入ってろ、ミチ!早く!」と声を掛け、姪が立ち去ると、止めとばかりに弟の顔面に鍬を振り下ろす。
そして、逃げる兄を追い詰めた。
「ごっごめんなさい…違うんです。殺さないでください。また何か貰おうと思って…ちゃんとお礼も言うつもりだったんです。そしたら、この間の女の子がいて…ほんの興味本位だったんです。それでつい…」
だが、石間さんは兄を情け容赦なく滅多打ちにした。
「何が殺さないでだ!ミチを…よくもミチをあんな目にっ…!」
殴りながら、いつまでも悔し涙を流す石間徳治であった。
ミチとの再会
結局ミチが嫁いで1年後、遺体が発見され、石間さんは捕まった。
取り調べに対し「イモ泥棒を繰り返す兄弟に思わずカッとなってやった」と自供する。
つまり、姪っ子の被害はひた隠し、そのせいで死刑になることを甘んじて受け入れたのである。
石間徳治は自分の死と引き換えに、最愛のミチの尊厳を守り抜いたのだ。
だが、死役所職員で働く現在も、自分が犯した罪の是非を常に自問自答していた。
ある日、石間さんのもとに柔和な表情のおばあさんがやって来る。
「おじちゃーん。おじちゃーん元気だった?久しぶりだねぇー」
それは年齢を重ねたミチだった。
同僚のシ村が気を利かせ、連れて来てくれたのだ。
実は、ミチは認知症を患っているという。
その事実を聞き、石間さんは驚きを隠せない。
「それなのに俺のこと…覚えてんのか?」
石間さんは姪っ子との思い出が甦り、滂沱の涙が止まらない。
そんなおじちゃんを見て、ミチは懐かしそうに言った。
「あ、おじちゃん…また泣いているー」
「だってよーおめぇ、あの日のこと…」
言いかけた言葉を呑み込み、石間さんはシ村に尋ねた。
「ミチは…どうやって死んだんだ…?」
シ村は石間さんに語りかける。
「お子様やお孫さんに見守られながら、天寿を全うされたようですよ」
心から安堵する石間さん。
「そうかぁ…ミチおめぇ、いい家族を持ったんだなぁ…」
そして、事件後のミチの苦悩を思い返す。
「苦しんだもんなぁ…つらかったもんなぁ…よく生きたなぁ…」
あの悲劇の後、ミチは生きる希望を見いだせなかった。
学校にも行けなくなり、男子を見るとトラウマが甦り怯えだす。
そして、苦しみのあまり、自殺を試みたこともあった。
「死にたいの!もう嫌だ!こんな思いで生きていたくない!」
そんなミチを必死に止め、慰める石間さんも共に苦しんだ。
だからこそ、石間さんはミチの幸福な最期に万感の思いが込み上げる。
「なぁミチ…ちょっと話そうや。俺があとで成仏課まで送っていくからよー」
「うん」
何十年という時を経て、“家族ふたり”が再会を果たした瞬間だった。
所感
石間さんは死役所の良心ともいえる人物である。
特に、子どもに対する理不尽な死には、我がことのように悲しんだ。
その訳が姪のミチが関係することを、我々は知ることとなる。
石間さんが怒りのあまり、兄弟を殺害したことには賛否両論あるだろう。
だが、私にはとても石間さんを責める気にはならない。
イモ泥棒を見逃すどころか、お腹を空かす兄弟のために大根まで持たせる心優しいミチ。
そんな目に入れても痛くないほど大切にする姪っ子に対し、恩を仇で返す兄弟を誰が許せるというのだろう。
悲惨な境遇の兄弟である。
食べ物を盗むだけならいざ知らず、鬼畜の所業にまで手を染めるとは!
だが、石間さんはずっと、自分のしたことについて懊悩する。
ミチのために犯行動機を隠すことといい、なんとも石間さんらしい。
そして、石間さんに夢想だにしない再会が訪れる。
その相手とは最愛の姪ミチだった。
しかも、認知症を患いながらも、自分のことを覚えていてくれたのだ。
年を取ったとはいえ、優しい表情はミチそのものだった。
見た目は明らかに年上の姪っ子が「おじちゃーん」と呼ぶ姿に、石間さんの脳裏に一瞬にして少女時代のミチが浮かぶ。
そして、幸せな結婚生活を送ったことを知り、石間徳治は嬉し涙が止まらない。
その光景は実に感動的で微笑ましく、神様の贈り物としか思えない。
まさに地獄に仏とはこのことだろう。
石間徳治とミチの再会の物語。
それは、やりきれない死を見つめ続ける死役所という作品にあって、小さくとも心を照らす暖かい灯だった。
成仏
シ村ら同僚よりも一足早く、石間さんに成仏の許可書が下りた。
これまで苦楽をともにした死役所の仲間が、最期の時を見送りに来る。
忙しいからと言って見送りを断ったニシ川も、実は遠くからその様子を見つめていた。
そして、石間さんが密かに憧れを抱くシラ神から手づくりの造花を渡される。
石間さんはシラ神に、とびっきりの笑顔でこう言った。
「凄く嬉しいぜ!こんな場所でこんな綺麗なものを貰えるなんてよー。ありがとうなシラ神さん!まったく俺は…とんだ果報者だなぁ…」
そう言うと、石間さんはシ村に目を移す。
「たぶん…あんたは全てに納得して成仏できると思う」
そんな石間さんに、シ村は90度のお辞儀をしながら感謝した。
「イシ間さん!本当にありがとうございました。お気を付けて」
後輩のハヤシをはじめ皆が別れを惜しんでいる。
その場面は石間徳治という人物がいかに愛され、尊敬されていたかが伝わった。
人情家の石間さんは最期まで涙を流し、手を振りながら成仏するための門を潜る。
「あんまり泣かすんじゃねえょ…馬鹿野郎!ありがとな…みんな…」
遠くから、石間徳治の声が聞こえた…。
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