警察マンガの金字塔「ハコヅメ」⑤ “好漢”山田武志 ~作中随一のナイスガイ~

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北條係長、横井係長、中富課長をはじめ「ハコヅメ」には様々な人格者が存在する。
彼らは上司の鑑であり、一度はこんな人たちの下で働きたいと思ったことがあるだろう。

そんな人材の宝庫・町山署にあって最も真っ直ぐな心根を持つのが、“モジャツンコンビ”の一翼を担う山田武志ではないだろうか。

困っている人を見ると自分のことは置いといて、無条件に傍らに寄り添うナイスガイ。
その人物こそ、25歳の若武者・山田武志である。

山田武志とは

町山警察署 刑事課捜査一係において、天然パーマの“モジャ”こと源誠二と名物コンビを組むのが“ツンツン頭”山田武志である。
ちなみに、山田は後輩にもかかわらず、源のことを“クソ毛玉”と親愛の情を込めて呼んでいる。
後輩の罵倒にも笑顔で許す源の器の大きさも、とりあえず褒めておこう。

警察学校時代は一つ上の先輩、源誠二と藤聖子を心より崇拝していたが、刑事課でふたりとペアを組むうちに、いつしか面倒を見る羽目に陥っていく。
表面上は「やれやれ…」といった感じだが、実は今でも尊敬の念を抱いているところが山田らしい。

物語の序盤こそ、ベテランの空き巣犯に雑魚呼ばわりされるは、警察手帳を失くすはとダメ刑事を予感させる。
だが、話が進むうち、少しずつ山田の人間性が垣間見える。

どんな時も、この若者は自ら最前線に打って出て、仲間のために体を張る。
そして、いついかなる時も被害を受け傷つく人のため、最善を尽くして捜査する。

バディの源がたびたび物議を醸すのとは対照的に、ファンからの称賛を浴び続けるのが他ならぬ山田だった。




山田という名のナイスガイ

以前、当ブログにて「モジャツンコンビの人間力」というタイトルで、源と共に山田の人柄に触れた。
だが、源がメインになってしまい、山田に対して消化不良を起こしたので再びフォーカスしたくなる。

とにかく、山田の男前の振る舞いは挙げだしたらキリがなく、何万字というボリュームになってしまう。
なので、ここでは個人的に印象深いシーンを中心に、書き連ねていく。

1. 川合へ

町山署管内で20歳の女子大生が婦女暴行事件の被害に遭った。
折り悪く、藤をはじめとする女性警察官が不在のため、ルーキーの川合ちゃんが被害者の聴取を行う。
案の定、経験不足の川合では満足に被害状況を聞き出せない。
本来なら性犯罪の被害者は同性が担当するのが望ましいのだが…。

そんな中、産婦人科の手配が済み、川合と山田は被害者を連れて行く。
診察後、被害者の疲労が激しいので一旦帰宅してもらった。

翌日、被害聴取が始まる前、別部屋で川合は山田から性犯罪の薫陶を受けた。
同じ行為でも、同意の有無で重大犯罪になるか否かの分水嶺になること。
また、なぜ被害者に辛い思いをさせてまで、詳細な説明を求めるのか。
それは犯罪を立証するためだけでなく、冤罪を防ぐことにも繋がるからだ。
中には浮気がばれてしまい、彼氏に取り繕うために強姦をでっち上げるケースもある。
だからこそ、覚悟を持って捜査にあたって欲しいのだと。
川合は山田の言葉を真剣な表情で聴いていた。

山田が部屋を出ると、ドアのそばに源と藤が立っていた。
聞き耳を立てていたのである。
後輩の指導を立派に務めた山田の成長に、目を細めるふたり。
そこに牧高が駆け寄り、川合の代わりに聴取に入ると申し出る。

すると、このまま川合に任せるよう、山田は懇願した。

「俺の勝手なジンクスなんですけど、産婦人科に裏口から入るとき、女の子と捜査官が自然と手をつないだら…その後の捜査はうまくいくんです」

これは第59話「正義のジンクス」という話である。
警察官はやたらとジンクスを気にするという出だしから、山田らしさが滲み出るエンディングで締めるという、秀逸なるストーリーであった。

いくら警察官とはいえ、実務経験の少ない川合ちゃんが、たった独りで婦女暴行事件の被害者の聴取をする状況。
経験豊富な刑事が立ち会えればいいのだが、被害者からすれば男性の存在など耐えられない。
だからこそ、無理を承知で川合ちゃんに担当させたのだ。

取調べの重圧と己の未熟さを引きずる新人には、親子ほど年の離れた役職者の北条より、年の近い身近な先輩の方が指導しやすい。
そんなこともあり、名乗り出たのが山田だった。
シリアスな話をしなければならない難しい状況下にもかかわらず、山田は言葉を選びながら丁寧に諭していく。
言葉の端々や言外の態度にも、山田の誠実さが窺えた。
ひとしきり話を終えると、山田は川合にこう言った。

「女の先輩たちがいなくて、心細かっただろ?こんな話、男の俺にされたくなかったよな…でも、藤部長だって事件のたびに何度も悩み苦しんできた。
たしかに、警察の仕事なんて報われないことばかりだ。でも、この町で事件があれば、ここにいる俺たちで何とかするしかないだろ?傷ついた被害者も傷つけた犯人も、このまま放っておくなら何のための警察だよ」

そして、最後に謝った。

「なんか話しすぎたな…ごめん」

そのときの川合の表情から、山田の想いは間違いなく伝わったに違いない。
こうして山田や源、藤ら先輩から警察官としての矜持を受け継ぎ、川合は成長していく。

何といっても、山田らしさ全開なのが最後の場面だろう。
病院に向かう中、しっかりと手をつなぐ川合と女性を見届ける。
そして、後輩を信じ、聴取の継続を願い出る山田という好漢。

この描写に感銘を受けるのは、何も山田だけではない。
未熟でおぼつかない聴取しかできない川合だが、被害者の心には寄り添っていたのである。

小手先のテクニックよりも大切なもの。
それを教えてくれるのが、山田武志と川合麻依なのだ。


ハコヅメ~交番女子の逆襲~7 (本話収録巻
)

2. 同期の桜・カナ

度重なるカップルの痴話ゲンカのたびに、現場に向かった生活安全課のカナ。
ところが、男が彼女を殺害し、逃走する事件に発展する。

カナは担当者として女性を守れなかった自責の念と、市民からの激しいバッシングを受け、次第に心を病んでいく。
しかも、その後ケアすることになった被害者遺族まで誹謗中傷にさらされ、ついに心が折れてしまい拳銃自殺を図る。
そこに、偶然現れたのが同期の桜・山田武志だった。
山田はなんとかカナを宥め、自殺を思いとどまらせる。

その日以来、山田はカナを見守るため、夜になると彼女の家に泊まり込む。
カップル殺害・死体遺棄事件に追われ多忙を極める山田だが、カナを励まし心の支えになっていく。
寝る時もゴザ1枚だけ敷いて、疲労困憊の体を休めていた。

思えば、山田は警察学校時代からカナを助けていた。
小柄なカナは重装備に身を包み、重い盾を抱えて走る訓練に、いつも付いていくことができなかった。
そんなとき、必ず手を差し伸べて、盾を代わりに持ってくれたのが山田だった。
そのときから、山田は山田だったのである。

カナは隣で熟睡する山田を見つめていた。

「貴重な睡眠時間なのに…私が死なないように見張ってないと落ち着かないんだろうな」

そして、しみじみと思った。

「どんな人生歩めば…あんたみたいな人間が育つのか…想像もつかないよ」

事件が解決し、カナは退職を決意する。
課長の了承を得て、黙って職場を去ろうとした最終日も定時を迎えた。
ところが、恩師・横井教官が現れ退職をバラしてしまう。

「仲間の引き留める手を振り払っていきなさい!」

走り出すカナを署員が必死に追いかける。
そのとき、カナに向かって伸びる手があった。
警察学校時代からお馴染みの山田の手である。

その瞬間、カナの脳裏に山田との思い出が甦る。
そこに浮かぶのは、笑顔と共に何度も自らを支え、助けてくれた山田の手。
去りゆくカナは、山田という同期を決して忘れることはないだろう。

別章「アンボックス」でも、カナを支えた山田。
まったく…この男だけは暇さえあれば、いや寸暇を惜しんで人助けに精を出している。

私は山田を見るにつけ、浦沢直樹の『PLUTO』に出てくるエプシロンを思い出す。
自らの命に代えて原作でも有名な“エプシロンの手”で、大切なものを守り抜いた高性能ロボットだ。
エプシロンもまた山田同様、作中随一の優しさに満ちていた。

最後までカナに差し伸べた山田の手。
それは、大切な人を守る“エプシロンの手”と重なった。


ハコヅメ~交番女子の逆襲~ 別章 アンボックス (本話収録巻)

まとめ

川合ちゃんが人質となった立て籠り事件でも、山田武志は真っ先に危険な任務に志願する。
命懸けのミッションに際し、上司から大切な人へ連絡する時間を2分だけもらった。

普通なら両親や恋人に連絡を取るだろう。
ところが、山田は現場に詰めていた藤聖子のもとに向かう。
もちろん、山田が聖子に特別な想いを寄せていたこともあるだろう。

しかし、私にはそれだけが理由とは思えない。
あの場面、源に半ば強制的に人質にされた川合には多くの同情が寄せられた。
なので、多くの人は川合の無事を祈ったことだろう。
だが、川合にも劣らず危険な任務に赴いたのが源なのである。
聖子にとってペアっ子の川合はもちろん、同期の源もかけがえのない存在だ。
山田は「そのふたりを、必ずあんたのもとに連れて帰る」というメッセージを送りに行ったのである。

命がかかる修羅場でも、他人の心に思いを馳せる山田武志。

「どうすれば、お前のような人間が育つんだ…」

カナならずとも、そう思わずにはいられない。

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