漫画「まるっちょ」は、妻子を亡くした中年男と天涯孤独の少女の物語です。
血の繋がっていないふたりが市井の人々に見守られながら、本当の親子にも負けない温かい家庭を築きます。
2000年代初めに連載されますが、そのテイストや絵柄は昭和の作品を思わせます。
それもそのはず、作者・人見恵史の師匠は「BARレモン・ハート」や「ダメおやじ」を描いた古谷三敏なのであります。
主人公・丸団児は大きな体だけでなく、海よりも広く優しい心を持っています。
からだも“まるっちょ”、こころも“まるっちょ”。
ハートフルコメディ「まるっちょ」が始まります。
丸団児とゆうき
亡き妻・静枝は丸団児の人柄をかく言います。
「優しさが服を着ているような人」
私も全く同感です。
大きくて広くて温かい背中。
それは、まるで丸団児の人柄を表しているようです。
丸さんは10年前、交通事故で妻子を喪いました。
以来、独身を貫き、葬儀屋で働いています。
小学2年生の ゆうきは、生まれてすぐに父を亡くします。
さらに母とも死別し、天涯孤独の身となりました。
葬儀のさなか、まだ年端もいかぬ少女の前で母の親戚は、誰が引き取るかで揉め始めるではありませんか。
たまたま葬儀屋として居合わせた丸さんは、その光景に憤りを隠せません。
そして、勢い、ゆうきを娘として引き取ります。
もちろん、不憫に思ったこともあるでしょう。
ですが、ゆうきの面影が亡き息子と重なったことが、大きな決断の後押しとなりました。
ふとしたときに、ゆうきは母が恋しくなり、寂しさを隠せません。
でも、父親代わりの丸団児、行きつけの小料理屋のママ・はつねおばちゃんなど、ゆうきは周りの人に愛されます。
それは、ゆうきが思いやりと真っ直ぐな心根を持つ、素敵な女の子だったからでした。
丸団児とゆうき。
ふたりは血の繋がりこそ無いものの、こんなところもまた似た者親子と呼ばれる所以でしょう。
心に残る名場面
ゆうきは時々、歩道橋に上がって街並みを眺めています。
ある日、学校で宿題が出ました。
それは、お父さんとお母さんへの手紙を書くことです。
ところが、普段は勉強が苦手なゆうきが、学校を代表して展示会に飾られるほどの名文を書いたのです。
もちろん、丸さんへの手紙でした。
実はこっそり、お母さんへの手紙も書いていました。
偶然目にした丸さんは、はつねおばちゃんを筆頭に気の置けない人達に手紙の内容を話します。
「お母さんに会いたくて仕方がない。でも、生きている人間が死んだ人を思ってばかりいると、死んだ人はつらいって聞きました。だから、ゆうきはがんばってお母さんに会いたいって思わないようにしています。それでも、どうしても思っちゃうときは歩道橋の上に行きます。みんな横断歩道を渡るので、そこには誰もいないから。そして、歩道橋の上からは夕日がよく見えます。太陽が沈む方角に天国があるって聞いたから、ゆうきは夕日をじっと見ています。お母さんがいる方向だから」
丸団児だけでなく、はつねおばちゃんや近所の人達も、ゆうきが歩道橋の上にポツンといる場面を何度も見ていました。
そして数日後、ゆうきはまた歩道橋の上にいたのです。
その姿に、はつねおばちゃんは駆け寄りぎゅっと抱きしめました。
ときに子どもは残酷です。
そんなゆうきの思いを知らずに、両親のいないゆうきの噂話をしています。
ゆうきはその度に、悲しい気持ちを胸にしまうのでした。
ですが、さすがに限度があります。
友達とそのお母さんたちと一緒に、スーパーに買い物に行った時のことでした。
お母さんたちに、親のいない子はまともに育たたないと陰口を言われたのです。
たまらず、ゆうきはその場を立ち去りました。
その話を聞いたはつねおばちゃんは、スーパーに乗り込みます。
そして、母親たちを叱責しました。
「本当の母親がいないことで、あの子を悪く言うなんて承知しないから!あの子は辛く苦しいことを全部小っちゃな胸に呑み込んで、いつも笑って頑張ってるんだ!あの子は…ゆうきは私にとって日本一ステキな女の子なんだから!」
いつもは大人しい、はつねおばちゃんが自分のために精一杯言い返してくれた…。
そして、いつもは“ちゃん”付けなのに、呼び捨てで名前を呼んでくれた…。
ゆうきは本当に嬉しくてたまりません。
はつねさんの小料理屋で、丸さんは事の顛末を聞かされます。
出過ぎた真似を謝罪する、はつねさんに丸団児は言いました。
「ありがとう、はつねさん。俺はゆうきに対して言葉が足りないのかもしれないな。
でもね…もし、ゆうきが大きな病気になったとき、俺が身代わりになってゆうきの命を助けられるのなら、喜んで命を差し出すよ!すぐその場でポンとな。あの子は俺にとってそういう存在なんだ」
その場にいる全ての人が、丸さんの言葉を一点の曇りもなく信じました。
ゆうきへの愛情が、実の親以上なのを日頃から見ているからです。
もちろん、誰よりもそれを分かっているのが他ならぬ、ゆうきでした。
店のすぐ外でタライの中の金魚に餌をあげながら、ゆうきは心の中で叫びます。
「ゆうきは…いっぱい愛されている!」
タライの水に映るゆうきの顔は滂沱の涙を流しながら、嬉しそうに笑っていたのでした。
そして、最終回。
これまで、ゆうきは丸さんをおじちゃんと呼んでいました。
でも、本当はずっと“お父さん”と言いたかったのです。
その晩は月がまん丸、十五夜でした。
丸、はつねさん、ゆうきでお月見です。
すると、ゆうきは小さな胸に秘めた勇気を振り絞り、ついに口にします。
「お父さん!」
その響きに…丸さんは涙が滲みます。
ずっと、ずっと…ゆうきと暮らしたその日から、父は夢見ていました。
「お父さん!」と呼んでもらえる瞬間を!
本当の意味で父と娘になれたのです。
ふたりにとって、忘れがたき思い出になることでしょう。
まとめ
「まるっちょ」は、とにかく全ての話が心に刺さります。
丸団児とゆうきだけでなく、様々な背景を抱えた人々が登場します。
ときに家族のあたたかさが沁み、ときに大切な人との別れに身を切られるような辛さが襲うでしょう。
でも、「まるっちょ」は教えてくれるのです。
喜びだけでなく悲しみがあり、笑顔の日があれば涙する時もあることを。
だからこそ、人生には価値があるのだと。
躓いても再び立ち上がり、前を向くのだと。
そして、無念が願いを光らせるのだと。
さらに、本作品は読者に語りかけるのです。
令和に生きる我々が効率や生産性と引き換えに、失った人情や温もりの大切さを…。
読めば必ず、心があたたかくなる物語。
それが「まるっちょ」です。
※最後に
マンガ図書館Zにて全巻無料で読めます。
参考までにURLを貼っておきますね。
https://www.mangaz.com/series/detail/217261
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