「めぞん一刻」はときにユーモラスで、ときに少し切ない物語です。
そして、なによりも我々の心に余韻を残す感動的なストーリーを展開します。
五代裕作と音無響子を祝福するように、舞い落ちる桜の花びら。
その美しい風景とふたりの姿が、永遠に色褪せぬ名作へと昇華させる「桜の下で」のラストシーン。
本当の意味で固い絆で結ばれた、五代君と響子さんの大団円を紹介します。
桜の下で
五代君が無事プロポーズを決め、残すは結婚式のみとなりました。
ですが、響子さんには葛藤がありました。
亡き夫・惣一郎さんの遺品のことです。
もちろん、五代君との結婚に迷いはありません。
でも、惣一郎さんの存在を無かったことには出来ません。
五代君には「無理に音無家に返さなくても…」と言われますが、けじめをつけるため響子さんは返すことに決めました。
そうは言っても、やはり後ろ髪を引かれる思いは、完全には払拭できない様子です。
響子さんは音無家に行く前に、遺品の返却を報告するため、惣一郎さんの墓前に向かいます。
すると、そこには予想外の人物がいるではありませんか!
なんと、五代君でした。
慌てて近くに身を隠す響子さん。
五代君は線香を上げ、手を合わせると、惣一郎さんに話しかけました。
「正直言って、あなたがねたましいです…遺品返したところで響子さん、あなたのこと絶対に忘れないと思う。忘れるとか…そんなんじゃないな…あなたは響子さんの心の一部なんだ…。
だけど俺、なんとかやっていきます。初めて会った日から響子さんの中に、あなたがいて…そんな響子さんを、俺は好きになった…」
そして、真摯な眼差しで見つめる墓石に、五代裕作は語りかけました。
「だから…あなたもひっくるめて、響子さんをもらいます」
その言葉に、響子さんは感無量の思いが込み上げます。
「惣一郎さん…あたしがこの人に会えたこと、喜んでくれるわね」
五代君の前に姿を見せた響子さんは墓前に遺品を置き、手を合わせながら報告します。
「惣一郎さん、あなたの遺品…これからお義父(とう)様にお返しして来ます」
「あの…響子さん、遺品ね…無理に返さなくても」
気遣う五代君を見つめると、響子さんは吹っ切れたように言いました。
「いいの。これでいいの」
そして、心からの感謝を伝えます。
「あたし…あなたに出会えて本当に良かった…さようなら惣一郎さん…」
手を握り合うふたりに、たおやかに桜が舞いました。
この「桜の下で」という回は、本作の数ある名場面の中でも、個人的には最も感動したストーリーです。
まず、ラストシーンの描写が秀逸です。
たおやかに舞い落ちる桜の花びらに吹かれ、手を取り合う五代君と響子さん。
見つめ合うふたりの姿は幸福に満ちあふれ、何の憂いもなく心通い合う様子が手に取るように伝わります。
容姿端麗な見た目に反して、響子さんはとても不器用な一面を持っています。
惣一郎さんを忘れていき、五代君を好きになっていくことに、ずっと悩んでいたのです。
惣一郎さんを好きだったことが、全部嘘になりそうだと…。
ですが、五代裕作の人間性に惹かれ、全てを受け入れる覚悟をします。
とはいえ、五代君が言っていたように、惣一郎さんはもう響子さんの心の一部なのです。
形見を手放すことに躊躇いを見せるのは、ある意味当然ではないでしょうか。
そんな響子さんの複雑な想いを受け止める五代裕作の包容力。
改めて、五代君に深い感銘を受けました。
私はこれまで、五代君は善良で心優しい青年だと思っていました。
ところが、ここまで人としての器が大きかったとは…。
ある意味、故人は無敵であり、生きている者は同じ土俵で戦うことができません。
五代君も、そのことに散々悩んでいたようでした。
長い歳月をかけ、その葛藤を乗り越えて紡ぎ出した言葉。
それが、「あなたもひっくるめて、響子さんをもらいます」でした。
響子さんの中のわだかまりを一掃する、作中随一の名言と呼べるでしょう。
あの甲斐性無しの頼りなかった五代君が、こんなに心の広い立派な人物になるとは…。
本当に感慨深いものがあります。
こう見ると、「めぞん一刻」とは一面で、五代裕作の成長の物語といえるのかもしれません。
まとめ
今回は、本作屈指の名シーン「桜の下で」を見ていきました。
桜舞う穏やかな春の風景や、五代君の人としての大きさと成長が見事に描かれています。
若くして夫を亡くしたことが、ずっと響子さんに陰を落としていました。
でも、五代裕作と出会い、彼の誠実さが響子さんの心のつかえを取り去ったのです。
きっと、惣一郎さんも草葉の陰で、安心しているのではないでしょうか。
本作の最終話は「P.S.一刻館」というタイトルです。
つまり、それは後日譚ということであり、本編は「桜の下で」が最終話ということになります。
響子さんが本当の意味で惣一郎さんとの決着をつけ、五代君と出会えたことを心から感謝するエンディングは素晴らしいの一言に尽きます。
これほどまでに美しい大団円を描いた作者の高橋留美子さん。
彼女に敬意を表しつつ、ペンを置きたいと思います。
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