「ウェザーニュースLiVE」。
この番組は24時間、インターネットで気象情報を配信している。
その解説員のひとりに、“だんごむし事件”で世を賑わせた山口剛央(たけひさ)がいる。
彼は1973年生まれのアラフィフ世代のおじさんで、痩身に眼鏡をかけており、何とも言えぬ人の良さそうな雰囲気を漂わせている。
事実、若い女性キャスターたちから毎日のようにイジられており、そのたびに照れ笑いを浮かべている。
しかし、その悠揚迫らぬ物腰とは裏腹に、気象に関する知見は瞠目すべきものがある。
そして、何よりも予報士としての矜持を胸に秘めている姿に、深い感銘を受けずにはいられない。
“ぐっさん”
普段は、温厚を絵に描いたような山口解説員は、視聴者から“ぐっさん”の愛称で親しまれている。
女性キャスターたちによると、放送時だけでなく打ち合わせの際もスタッフに声を荒げることもなく、懇切丁寧に説明してくれるという。
ときには、親子ほど年の離れた女性キャスターからも、思わず“ぐっさん”と呼ばれてしまう場面もあった。
だが、彼は全く不愉快な様子を見せない。
「自然災害の心配もない、穏やかな天候の日には楽しくやってもよいのでは…」
こんなマインドの“ぐっさん”だからこそ、若い女性キャスターらも伸び伸びと接することができるのだろう。
そんな彼は単なる職業人を超越した、尋常ならざる気象マニアである。
きっかけは中学に入学した年、1985年12月17日のことだった。
珍しい積雪に、山口少年は「このことを何としても記録に留めたい」とノートに認めた。
以来、ノートに気象情報を書き記す日々がスタートする。
山口少年の気象への熱い想いは、とどまることを知らない。
中学2年になると、ラジオで気象情報を聴きながら天気図を作成した。
さらに、天気に関する新聞記事を切り抜いては、スクラップにしてまとめ始める。
その現物は、今でも会社のロッカーに置いてあるという。
社会人になってからも、地震計や雨量計を自前で作成し、気象衛星「ひまわり」の受信機まで購入してしまう。
実は、ぐっさんは中学時代にもう一つ、人生を決定づける運命の邂逅を果たしていた。
元々、地震に興味を抱いていたのだが、とある書店で「理科年表」が目に飛び込んで来た。
気が付くと、見えざる力に導かれるように手を伸ばし、“禁断の書”を開いていた。
すると、そこには古から現代に至るまで、日本で起きた地震情報が詳細に綴られているではないか!
早速購入し、寝食を忘れ読み漁る。
すると、いつの間にか膨大な地震データの全てが頭に叩き込まれていた。
こうした弛まぬ努力?があればこそ、業界でも指折りの気象予報士に成長した。
分かりやすい気象解説
気象予報士というと、理系のイメージがあるのではないか。
だが、山口解説員は意外にも、法学部出身なのである。
どうやら、理系の科目を苦手にしていたようなのだ。
したがって、どうしても複雑な計算式などは苦手にしているという。
その代わり、視聴者に分かりやすい解説を心がけている。
ぐっさんの解説はなるほど、とても聞きやすくて分かりやすい。
まず、声が良い。
競馬好きにしか伝わらず恐縮だが、昔、フジテレビで「スーパー競馬」という番組があった。
その解説者に吉田均というトラックマンがいたのだが、聞きやすい声で話が上手く、個人的には好きな人物だった。
その吉田均に、ぐっさんの声は似ている。
また、フリートークの際に見せる少し照れながら話す様子とは一転して、気象解説に移ると専門家の表情を覗かせる。
もちろん、柔らかく落ち着いたトーンだが、流暢で淀みのない語り口は一流予報士を感じさせる。
さらに、スペシャリストにありがちな専門用語を多用しないのも、話がスゥっと入って来る要因なのではないか。
普段の解説も良いのだが、私が特に感心したのは「阪神・淡路大震災は南海トラフ巨大地震の前兆か?」と題した特集回だった。
まずは、過去の記録から「南海トラフ地震」が100~150年周期に起こり、すでに前回から約75年経っていることを説明する。
仮に100年後に起こるとすると、30年以内に発生する確率は言わずもがなである。
さらに、ぐっさんは「南海トラフ地震」の前兆として、西日本で地震活動が活発化する過去の事例を示していく。
「阪神・淡路大震災」から現在まで約25年間の地震発生状況を照らし合わせると、いかに酷似した状況であるかが理解できた。
それにしても、今までの地震の名称と発生した年を淀みなく語っていく様は、スーパーコンピューター顔負けである。
噂通り、全ての地震データが頭に入っているのだろう。
次に「南海トラフ地震」が起こるメカニズムを、用意されたフリップに説明書きを入れて解説する。
続けて、それに付随する西日本で地震が増える要因も解き明かしていった。
落ち着いた声質、心地よい話のテンポ、平易な言葉を使った順序立てた解説。
人生の中で、これほどまでに分かりやすい地震解説は初めてである。
これならば、小学生でも理解できるのでは?と思わせた。
専門性を必要とする地震情報をここまで噛み砕いて説明できるのは、凄いとしか言いようがない。
他にも「巨大地震から11年 これまでの地震と今後想定される地震(2022年)」など、“地震大国日本”居住者必見の「ぐっさん解説」があるので、ぜひ見てほしい。
参考までにURLを貼っておく。
「阪神・淡路大震災は南海トラフ巨大地震の前兆か?」
https://www.youtube.com/watch?v=hyk1mBNh-xQ
「巨大地震から11年 これまでの地震と今後想定される地震(2022年)」
https://www.youtube.com/watch?v=4pAabb-oU4s
真のプロフェッショナル
山口解説員の真価を世に知らしめたのは、熊本地震ではなかろうか。
初期段階においてメディアでは、4月14日に起きた最初の地震が本震だと報道されていた。
ぐっさんも当然ながら、気象庁の発表を受け、同様の解説をする。
だが、後から起きた余震の規模を見た彼は、他の可能性を示唆したのである。
つまり、こういうことだ。
本震と見られたものがマグニチュード6.5だったのに対し、その後の余震はマグニチュード6.4だった。
通常、本震に比べて余震は、ひと回り小さい数値となる。
これは、地震によって歪みに溜まったエネルギーが解放されるので、段々と揺れが小さくなることを示している。
ところが、今回の余震は、ほぼ同じ規模で発生した。
そこで、山口解説員は過去の事例を紐解き、類似した事象が数例あったことを発見する。
いずれもその後、余震とは思えない強い揺れに見舞われた。
山口剛央はひとり敢然と、エビデンスに基づき注意勧告を行った。
「今後もしばらくは最初の規模と同程度か、あるいは、もう1ランク大きいものが来てもおかしくはない状況にあります。警戒を怠らないでください」
果たせるかな、最初の発生から2日後の4月16日、マグニチュード7.3の揺れが起きたのだ。
その後、気象庁はこの地震を本震に訂正する。
もちろん、メディアリテラシーが高い彼は、あくまでも“そうした可能性もある”という前提で、いたずらに動揺を誘わないよう落ち着いた語り口で話していた。
そうはいっても、甚大な被害をもたらす自然災害のコメントは慎重な態度が求められるため、気象庁の見解よりも踏み込んだ発言をすることは、さぞかし勇気が必要だったことだろう。
下手をすると、糾弾されるリスクもあったに違いない。
それでも、ひとりでも多くの人命を救うため、解説員の使命を全うするため、ぐっさんは被災地の方々に訴えかけたのだ。
ぐっさんは東日本大震災の時もだが、少年時代から収集し続けた膨大なデータを基に、過去の事例を出して丁寧に解説する。
エビデンスと濃密な経験則、そして予報士としての誇りがあればこそ、彼ならではの見識を保てるのだろう。
人も自然も、繰り返すのが世の常だ
だから、人間は歴史を学ばなければならない。
歴史とは社会の教科書にのみ存在するのではなく、森羅万象ありとあらゆるものに起きた出来事は、それ即ち歴史の一部なのである。
地震という、定期的に必ず起きる地球の営み。
その営為に精通する“ぐっさん”は、「地象史」という歴史を学ぶことの大切さを知っている。
まとめ
気象に人生を懸ける仕事人、「ウェザーニュースLiVE解説員」山口剛央。
そんな“ぐっさん”に、私は深い感銘を受けたことがある。
気象解説に定評のある彼だが、とりわけ地震解説においては間違いなく日本有数の知見を有している。
加えて、ひとたび地震が起きれば、いついかなる時も馳せ参じる覚悟も持っている。
だからこそ、休日も勤務先がある千葉県を離れることは滅多にない。
なので、旅行に出かけることもないという。
文字通り全ての時を、気象予報士として生きているのだ。
ぐっさんは言う。
「“地震が起こったとき、スタジオに行けません”などということは、地震解説員を任されている身としては有り得ない」
「気象」「地象」の研鑽を積み、予報士として全身全霊を傾ける山口剛央解説員。
穏やかな相貌の中に、プロフェッショナルの矜持を見た。
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