今回は赤木しげるの名言ではなく、“盲目の雀士”市川の箴言をお届けする。
それは、まさに勝負の本質を穿つ真理だった。
“盲目の雀士”市川
アカギとの勝負の前に、繰り広げられたロシアンルーレットによる前哨戦。
そこでの応酬を見るだけで、市川は矢木との格の違いを感じさせた。
800万を賭けた決戦当日、定刻になっても肝心のアカギは姿を見せない。
相手のヤクザはもちろん、立会人として馳せ参じた竹吉組組長の手前、南郷と安田はアカギ抜きでも戦わざるを得ない。
したがって、アカギの代わりに南郷が卓につき、市川とのどちらかがハコテンになるまでのデスマッチに挑むことになった。
百戦錬磨の市川相手に小細工はきかぬと、奇をてらわず真っ直ぐに打つことを肝に銘じる南郷。
両面待ちになったらリーチをかけ、ツモ狙いでいく作戦を立てる。
序盤はそれが功を奏し、リーチで先手を取って連続でツモあがった。
しかし、市川は相手陣営の作戦を看破し、反撃に転じる。
どうしても好形狙いの手組を目指すと、一九字牌が余りがちになる。
あえてタンピン三色の聴牌を取らず端牌を狙い撃ち、南郷を打ちとる市川。
その打ち筋に、南郷は迷いが生じ始める。
「こっちの戦略を見抜かれている…どうやって打てばいいんだ…」
早くも、南郷は市川の戦術にハマっていく。
端牌を狙われていると思うあまり、安全を追って暗刻の字牌を切ってしまう。
ところが、それを先刻承知の市川は、その字牌で待っている。
こうして、南郷に疑心暗鬼が忍び寄り、心が折られていった…。
安心こそ毒
これまで数えきれぬほどの素人を屠ってきた、市川は熟知していた。
「勝負の狭間、弱気に絡めとられた素人が欲するもの…それは“安心”だ。余剰牌を狙われたら、より安全な字牌を切って来る。だから、その字牌を狙い撃つ。素人を殺すには、こうやって一つずつ“安心”を奪っていけばよい。そうなったら、“安心”を得るためには現物を切るしかない。そして、勝負処で100%安全な現物しか切れなくなり、100%勝機を失っていくだろう」
そして、市川は心の中で箴言を言い放つ。
「安心こそ毒!強打して自爆する素人などまれ。大抵は“安心”という重りを体に巻き付け溺死する…!」
麻雀をしたことがある方ならば、経験があるだろう。
何を切っても当たるような心理に陥ったことが…。
無筋はもちろん、筋を追っても字牌を切っても「ロン!」という発声が聞こえてきそうな恐怖。
まさに南郷の心境がこれだろう。
人は死を回避し、危険を恐れる生き物だ。
“安心”や“安全”を求めることこそ、人間の本質と言えるだろう。
しかし、市川は“安心”という甘さを求めるがゆえに、敗北へと疾走していくのだと見抜いていた。
心当たりがありすぎて、思わず唸ってしまったのは私だけではないだろう。
私は市川の箴言を聞き、“サッカー界の智将”ジョゼップ・グアルディオラの恩師ファン・マヌエル・リージョの言葉を思い出す。
「リスクを冒さないことが一番のリスクである。だから、私はリスクを冒すのだ」
リスクが存在しない戦場など、どこにあるというのだろう。
卓上でもピッチでも、弱気になり“安心”に縋る者から消えてゆく。
たとえ分野は違えど、真の勝負師の言葉は本質を捉えるのだと感心させられる。
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