平泉玩助ことガースケは、北海道の小学校で教師をしている。
雄大な自然の中ですくすくと育つ生徒たちは、みな素直で純朴だ。
いつも、クラスの中は笑いに包まれている。
そんなガースケ学級の中に、とても愛くるしい清という男の子がいた。
今回紹介するのは、その清にまつわる悲しい物語である。
ストーリー
幼馴染のまさ子ことマチャコに、48回目の失恋をしたガースケを優しく慰める清。
その清を中心に生徒たちは右手を斜めに上げると、人差し指で空をさす。
それは、ガースケ直伝の「一番星」のポーズである。
誰にでも、世界中の誰よりも輝く良いところ、それ即ち「一番星」があるのだと。
つらい時、悲しい時、勇気づけたい時に取るポーズ、それが「一番星」のポーズなのだ。
実は、清は父親の妹夫婦に預けられていた。
父親が迎えに来るも、最初は浮かない表情の清。
だが、ガースケの助言もあり、父親と一緒に暮らすため都会へと転校する。
ところが、父の住む部屋に入ると、そこには見ず知らずの女がいた。
「一緒に暮らすなら、良い子にしてんのよ」
煙草を吹かしながら出てくると、冷たく言い放つ。
思わず、清はギュッと手を握りしめる。
大人しい清は転校先で馴染めず、いじめに遭う。
歩いていると突き飛ばされ、靴にまで見るに堪えない落書きをされていた。
さらに、大切にしていた“一番星”まで、ぐちゃぐちゃに破られてしまう。
それは清のために心を込めて、ガースケが折り紙で作った“一番星”の冠だった。
落ち込む清の前に、突如ガースケが現れた。
懐かしい姿に、清の顔はパァっと明るくなる。
ガースケは幼馴染のマチャコに会いに、東京に来ていたのだ。
だが、結果は相変わらず振られるが…。
マチャコに振られ落ち込むガースケに、北海道にいたとき同様、優しく寄り添う清。
だが、いじめられたと愚痴るガースケの言葉に反応する。
「大人になっても、いじめられるの?」
ポケットの引き千切られた“一番星”を小さな手に取って…。
飛行機の騒音で清の言葉が聞き取れず、ガースケは聞き返すも、清は笑顔で夕飯のパンを渡す。
「食べる?」
受け取りながら、ガースケはいつもの調子で言う。
「あ、間食ばっかしてると背が伸びねえぞ。好き嫌いして、あんま父ちゃん困らせるなよ」
「うん」
「ディズニーランドも見えるしよ~、良いマンションに住んで、父ちゃんと一緒で。良かったな、こっち来て」
清はガースケを見ながら「うん」と頷いた。
「おいらは父ちゃんも母ちゃんもいない、みなしごハッチだからよ。清、お前が羨ましいよ」
パンをかじりながら、清の膝の上に寝転ぶガースケ。
そんなガースケを、清は笑顔で包み込む。
ガースケの帰宅時間が迫り、ふたりは肩を並べて橋の上まで歩く。
「見送りご苦労。父ちゃんによろしくな」
去り行くガースケに、清は声をかける。
「先生…」
ガースケが振り向くと、清は応援団さながらに身振り手振りを交えて声援を送る。
「フレー!フレー!ガースケ! フレ!フレ!ガースケ! フレ!フレ!ガースケ!」
失恋した自分へのエール、そして何よりも清の優しさが胸に沁みる。
ガースケはおどけながらも、嬉しそうな笑顔を振りまいて、帰って行った。
清はその背中をじっと見ていた。
ガースケと別れた清は、夜の帳が下りる中、独り寂しく落書きされた靴を洗う。
素手でゴシゴシ擦るうち、涙がポタポタ落ちてくる。
清はマンションの屋上に行き、破かれた“一番星”と写真を眺めてる。
それは、北海道時代にガースケとクラスメイトと一緒に撮った、思い出の一枚だった。
笑顔輝く清の頭には、その笑顔以上に輝く“一番星”の冠が飾られていた。
その時、清は都会の冷たい空を見上げると、何かを諦めたように目を閉じる…。
そして、マンションの屋上から身を投げた…。
所感
この回の主人公・清は愛らしく、とても心の優しい小学生である。
少し臆病な面がある清は、普段は跳び箱を飛ぼうとしない。
だが、ガースケに励まされ、勇気をもって見事に飛び越えた。
その時のクラスメイトたちの喜びようといったら…。
我がことのように喜ぶガースケと子どもたちの姿を見て、ガースケ学級のあたたかさに胸がいっぱいになる。
実の父親と暮らせる喜びもあっただろうが、春の木漏れ日のような優しい級友たち、そしてガースケとの別れはさぞかし辛かったことだろう。
そして、見知らぬ土地に向かう清は、とても心細かったはずだ。
そんな清に、思いもよらない事態が起きる。
父親の住まいに行くと、なんと同棲中の女性がいたのだ。
清は父とふたりで暮らせると思えばこそ、子どもなりに故郷を離れる決心をしたのだろう。
しかも、その女は初対面にもかかわらず、幼い子どもに対して辛辣な言葉を浴びせかけたのだ。
この父親の仕打ちに、私は怒りが湧いてくる。
父親にとってはいざ知らず、その女はどう見ても夜の街で擦れ切ったあばずれで、子どもに対する愛情など微塵もない。
こんな女と、血を分けた我が子を一緒に住まわせようとする気が知れない。
清からすれば、だまし討ち以外の何ものでもないだろう。
ただでさえ孤独を感じる清に、追い打ちをかけるように学校でもいじめが待ち受ける。
初めての土地で知り合いもいない中、小学3年生の子どもが一体どうすればよいのだろう。
家庭、学校、地域、友人…清を取り巻く全ての環境が絶望的で、まさに四面楚歌とはこのことだ。
そんな中、ガースケとの思いもよらぬ再会は、清にとって本当に嬉しかったことだろう。
もちろん、ガースケも負けず劣らず嬉しそうである。
マチャコに振られた愚痴に、親身になって耳を傾ける清。
辛い境遇の中でも、思いやりを忘れない清のやさしさが胸を打つ。
「大人になっても、いじめられるの?」
間が悪く、ガースケがこの問いを聞き届けられなかったことが、残念としか言いようがない。
もし、清の切実な問いに、ガースケが答えられていれば…。
もしかすると、清は…。
そう思わずにいられない。
なによりも、私が清のけなげさ、いじらしさを感じたシーンがある。
それは、ガースケと別れる際に、体いっぱいを使ってエールを送った場面である。
内気な清が一生懸命ガースケを励ます姿は、涙無しには見られない。
一連のやり取りを見て分かるのは、とにかく清はガースケが好きなのだ。
あのまま、北海道で暮らせていれば…無念の思いがこみ上げる。
清に訪れる悲劇…。
まだ年端もいかぬ子どもに千円札だけ置いて、食事も用意しない家庭の寒々しさ。
漆黒の闇が支配する中、独り、薄明りを頼りに靴を洗いながら、こぼれ落ちる涙。
屋上で思い出の品々を寂しそうに見つめる清の姿。
そして、清が見上げた空にあったのは…。
もしかすると、“夜空に輝く一番星”ではなく、“涙に濡れた一番星”だったのかもしれない。
なんにせよ、父を信じた結末がこの悲劇ではやり切れない。
まるで、清は不幸になるためだけに来たのではないか。
だが、誰よりも悲しいのは他ならぬガースケである。
清の訃報を聞いたガースケは浴びるように酒を飲み、悔やんだ。
「オイラ…先生失格だ」
失意に暮れるガースケは、清の作文を目にする。
それは自分への感謝の思いを綴った、ガースケにとっては遺言の如き玉稿だった。
その作文を読み終え、身を切られるような悲しみがガースケを襲う。
「なして、言ってくれなかったんだ…なして、黙って逝っちまったんだ…オイラに言えなかったか…恥ずかしかったのか…言っても仕方ねえと思ったのか…言っても無駄だと思ったのか!清!…ごめんな…」
ガースケの慟哭は止まらない。
ガースケの痛み、悲しみ、苦しみが、痛いほど伝わってくる。
そして、ガースケの脳裏には、最後に会った時の清のエールが甦る。
堪えきれず、ガースケは外一面に広がる銀世界に飛び出し「冗談じゃねーよ!死ぬんじゃねーよ!くそったれ!」あらん限りの力を振り絞り、魂の叫びをあげた。
それから1年後、ガースケは清への思いを胸に上京し、あやめ台小学校で教え子たちに体当たりしていくのであった。
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